Blooming


 「上枝君は視力が良いんだよね」
 遠くから僕を見つけて駆け寄ってくる彼に聞こえないように、僕はそっと呟いた。
 「? 何か言ったか?」
 「何でもないよ。それにしてもよく僕だって分かるよね、あの距離で」
 「まぁな。遠的の時は六十メートル先の的を射るわけだからな。校門からここまでなら十分見えるぜ」
 それにしても遅れて悪かった、と彼……クラスメートで弓道部の上枝伊織君が僕の手から天体望遠鏡を取り上げる。
 「今日も練習があるのに、ごめんね」
 「気にするなよ。俺も星が見てみたいって思ってたところだし。それにお前にこんな……」
 「こんな?」
 「……何でもない。ほら、部室に行くぞ」
 「うん」
 頷いて僕は上枝君を先導する。
 ……まさか上枝君と二人で星を見ることになろうとは、この間までは思っても見なかった。


 僕、国東飛鳥は私立蒼明館高校の一年生。天体観測部の部員なのだけれど、最近落ちてきた視力の為にあまり活動に参加していなかった。
 ……眼鏡をかけてレンズを覗くことは出来ないから。
 コンタクトレンズに変えてみようと決意もしたのだけれど、目の中に異物を入れるのが怖くて。
 入れれば星を見る事が出来ると分かっているのに出来なくて。
 でも、今日は二年生の先輩達が修学旅行に行っていて、三年生の先輩達も受験で忙しいので部室は空っぽ。
 一人で星を……最後の観測にしようと思っていたんだ。それで朝から妙に浮き足立ってしまって、浮かれていたら上枝君に気付かれた。
 正直に……僕の視力のことは除いて正直に天体観測のことを話したら一緒に観る、とまで言われて僕は後に引けなくなってしまったのだった。


 「すげぇ数だな」
 「うん。これなら望遠鏡は要らなかったね」
 部室から星座盤を持ち出して学校の裏山に登った僕らを待っていたのは、まさに満天の星々だった。
 今にも空から降ってきそうな光の欠片が、冬の澄んだ空一面に散りばめられている。
 「なぁ、星座とか分かるの?」
 「……少しなら、分かるよ」
 「じゃぁさ、あれ何?」
 思いきり目を細めて、上枝君が指した先を辿るとオリオンの三ツ星が並んで光っていた。
 「オリオン座だよ。冬の有名な星座」
 あれぐらい強烈に光を放っているものならまだ見える。でも微弱な光しか放っていない星を指されたら……?
 「あ、じゃぁあれは?」
 「星座盤があるだろっ」
 指差された先の星の光を辿ることが出来なくて、それを隠す為に上げた声は意外にも大きく、冷たく響いてしまって。
 「……ああ、そうだな」
 悪かったな、と呟いて上枝君はどさりと草の上に寝転んだ。
 「こうやって観るとすげぇ綺麗だ。……お前、いつもこんなの観てたのか?」
 「…………観てたよ」
 今はもう、強い光を放つものしか観えないけれど。
 もう少し前までは弱々しい光を、それでも懸命に放っている星を見つけるのが楽しくて。
 自分と同じように埋もれてしまいそうな星を見つけると、こうやって見つける自分がいるのだから……と嬉しくなったりもしていた。
 「何で過去形?」
 上枝君の隣に座り込んで、かけていた眼鏡を彼に渡した。
 「うわぁ、何これ」
 かけたか否か、彼は眼鏡を外して叫んだ。……僕の予想通りに。
 「どんどん観えなくなってるんだ。見つけたいのに、観えないんだ」
 僕以外の人の心を掴まえないかもしれない星を見つけて、自分もいつか見つけて貰えるようにって願掛けをして。
 「コンタクト入れれば観えるって、何度もお医者さんに言われたんだ。けど、怖くて」
 「……悪かった」
 「観たいのに……コンタクトぐらい我慢しなきゃいけないのに……でもっ」
 「もう、いいから」
 言葉を遮るように上枝君に肩を抱き寄せられた。そのまま肩口に顔を埋めて泣いてしまった。
 「なぁ、俺、コンタクト入れてるんだけど」
 僕を抱きしめたまま、上枝君が耳元でぼそっと呟いた。
 「あれさ、最初は物凄く抵抗があるんだけど、慣れたら平気だから」
 俺も最初は怖くて、目に何か入れる恐怖感って簡単には拭えなくて、でも眼鏡かけるのが嫌だったから我慢して入れてみたんだ。
 頭を何度も撫でられて、優しく言われて僕も決心が固まった。
 「…………明日、もう一回挑戦してみる。だから」
 「俺、ついて行っていい? 眼鏡無しの飛鳥の顔真正面から見てみたいんだけど」
 「今、見てない?」
 「暗いから。明るいところで見さして。で」
 「で?」
 「……明日、言えたら言う。ほら、もうこんな時間だし帰ろうぜ」


 「…………昨日言いかけた続きなんだけど」
 無事にコンタクトを入れることが出来た、その帰り。
 昼ごはんのモスでコンタクトを入れてから一言も喋らなかった上枝君がやっと口を開いた。
 「コンタクト入れるの、星観るときだけにしてくれないか」
 「…………は?」
 僕はシェークのストローから口を離してまじまじと上枝君を見つめてしまった。
 「だから、コンタクトを入れるのは天体観測してるときだけにして欲しいんだ」
 「何で」
 昨日はあんなにコンタクトの利便性やらを語っていたのに、何で星を観る時以外はコンタクトを入れちゃいけないだなんて……。
 「あの、だから……」
 上枝君はいきなり俯いてしまった。耳まで真っ赤に染まる。
 ……見ていたら僕までなんだか恥ずかしくなってきた。
 「耳、貸して」
 ぼそぼそっと呟かれて、そっと口元に耳を寄せると
 「見せたくないんだ。飛鳥の顔。誰にも」
 と囁かれた。瞬間、鏡とかなんて見なくても、首の付け根まで真っ赤になったのが分かった。
 ちょっとの間何も言えなくて、でも、言わなきゃいけないことがあるって分かってたから。
 「い……上枝君と二人でいるときはコンタクトでいいよね?」
 「勿論! あと、途中で止めないでちゃんと呼んで」
 がばっと身体を起こして、僕の手を掴んで真っすぐに見つめられた。
 「伊織、君」
 「…………」
 勇気を出して言ってみたら、ゴンッという音と共にテーブルに突っ伏してしまった。
 「今……痛そうな音したけど、大丈夫?」
 「平気……嬉しすぎてちょっと目眩がしただけ」
 それを聞いて、僕はまた茹蛸みたいに顔が真っ赤になるのが分かった。
 「あ、そういえば僕のこと飛鳥って呼んだよね」
 「嫌だったか? 嫌なら止める……」
 「違っ……。そういう風に名前で呼ばれるのって家族以外からは初めてで、ちょっと嬉しかったから」
 「二人っきりじゃなくてもそう呼ぶから。俺のこともちゃんと呼んで?」
 「分かった。本当に今日はありがとう、伊織君」
 どちらからとなく僕らは笑って、お昼ごはんを再開した。








後書きと言う名の言い訳
 これ、書いたの何ヶ月前になるんだか考えてたら物凄く恥ずかしくなってきたんですけど。
 まぁ、書き直すのもなんだし、と思ってそのままにしてあります。
 学園って、平和で良いですよねぇ。特にこの二人はほのぼの担当なので書いてるこっちが恥ずかしくなってきますね。
 
 タイトルは花が開くって意味のBloom。何か、恋って花にたとえられるじゃないですか。だからこれにしてみました。

 20030318 
 再アップ20080207