Private


 「何で駄目なんだよ! お前才能有るのに」
 「才能の有無は問題じゃない。俺はもう舞台には立てない」
 「中学校の時のお前、凄かったのに、何で……」
 「それはお前には関係ないことだ。話は終わりだな。帰らせてもらう」
 もう何回目になったのか分からないこの会話。どんなに頼み込んでも絶対にこいつは頷かない。
 「板の上でお前と掛け合いするのが夢だったんだぞ! 高校が同じで凄く嬉しかったのに、何でお前は上がってこないんだよ! 逃げるなよ、ミヤ」
 叫び声なんて聞きもせずに、ミヤ……藤宮稀人は俺に背を向けて去って行った。本当に、あの背中も何度こうやって見送ったことか。
 俺の存在を拒絶するあの背中。追いついてこっちを振り向かせたいけれど、そんなことをしたら『次』が無くなるのは目に見えてるから決してしない。
 「はぁ」
 がっくりと俺はため息を付き、壁に寄りかかって項垂れる。いつになったらミヤは俺の目をちゃんと見て話を聞いてくれるのか。未だ予想も付かない。
 俺は桐嶋安希。私立蒼明館高校の二年生。文化祭に向けて文化部が慌しくなってきたこの六月。俺は次期演劇部の部長として新たな戦力を手に入れたかった。それがミヤなのだ。
 俺とミヤは同じ地域の出身で、演劇の地区大会の時に何度か顔を合わせたことがある。
 うちの学校は弱小部だったけれど、ミヤの学校は毎年必ず入賞してる実力校で、ミヤも役者として舞台の上に立っていたのだ。
 舞台の上のミヤはもう、本当に凄い役者で。同じ中学生とは思えなくて、実際、あいつの演技に俺はマジ泣きしたのだ。
 それなのに、ミヤは舞台から降りてしまった。高校生になって、突然。高校に入って、あいつの姿を見つけて、演劇部に入ってそこにあいつの姿がないことに気が付いて……悔しくて。
 高校に入ったら同じ舞台に立ってやる、と約束したのに。同じ高校に入るから、と。
 なのに。


 「藤宮、顔色悪いぞ。保健室に行って来い」
 普段、ちっともクラスの生徒に気を留めてないと思われていた担任の野崎先生が教卓に就くなり口を開いた。
 窓際の一番後ろ、ミヤの座るその席に皆の視線が集中する。
 「保健委員は……桐嶋だっけ? そいつ倒れる。俺の保障付だから一限目少し遅れても気にすんな」
 しっしっと、出席簿で追いやられて俺は渋々立ち上がるとミヤの顔を覗き込む。……今までどうして誰も気付かなかったんだぐらいに最悪な顔色だった。
 慎重に肩に腕を回して担ぎ上げる。異常に冷たい手に俺の胸は早鐘を打った。
 「んじゃ出席取るからな」
 俺が教室を出たと同時に出席の点呼が始まる。野崎先生の声を背中に、俺は保健室に急いだ。



 「何にもないのよね。どーしてかしら」
 右手の人差し指を一本、唇の前に立てて首を傾げつつ松前正巳先生(男)は困惑しきった表情でベッドの上のミヤを見た。
 「何か、心に負担をかけるようなこと、あった?」
 「……何も。少し、気分が悪いだけですから。休ませて、下さい」
 青褪めた顔で目を開きもしないで、途切れ途切れにミヤは返事をした。思わず掛け布団から出てる左手を握る。
 「桐嶋も、気にしなくていいから。教室、戻れ」
 「ヤダ。まさみちゃん、ここにいちゃ駄目?」
 「安希ちゃんがどうしてもって言うならワタシは構わないけど」
 「……煩くしないなら」
 「良かったわねぇ、安希ちゃん。ワタシちょっと野暮用があるから出ちゃうけど、留守番頼めるかしら?」
 「おっけ、任せといてまさみちゃん」
 くるん、とウェーブのポニーテールを揺らしながら松前先生は足取りも軽く出て行った。
 「なぁ、マジで大丈夫か? 吐き気とか、無いか?」
 「平気、だから。黙っててくれないか」
 眉間に皺を寄せて、何かを堪えるような表情でミヤが呟くから、一先ず俺は引き下がった。
 が、はっきり言って俺は口数が多い。黙っていろ、と言われても無いか言わないといけないような強迫観念に駆られて、どうしても口が開いてしまう。
 「なぁ、何で舞台に立たないんだ?」
 「また、その話か……」
 うっすらと目を開けて、視線だけ俺に寄越した。何にも映っていないような、硝子玉みたいな目に俺の顔が映ってた。
 「桐嶋は、何で芝居をしてるんだ?」
 「好きだからだよ。他に何が要るんだ?」
 「その大好きな場所で、死にたいぐらい嫌な目に遭ったら、お前、それでも舞台に立てるか?」
 「死にたいぐらい、嫌な目?」
 ミヤが俺を見る目が物凄く澄んで、俺よりもっと遠くの、俺なんかの手が届かないところを見てるみたいで怖くなって、俺は思わずミヤの手を強く握った。
 ……この手の中にミヤの左手があることで、ミヤの存在が確かにここにあるってそう自分に言い聞かせたくて。
 「中学三年の、卒業公演が終わって、後片付けして、いつの間にか同級生と二人きりになってて」
 「……ミヤ?」
 「そいつ、俺より体格良くて。俺、もう公演終わったからって体力使い果たしてて」
 「ミヤ、もう……」
 「体育館の、ステージの上押し倒されて、無理矢理、乱暴されて」
 「もういいからっ」
 言いながらどんどん血の気の引いていくミヤを思いっきり布団の上から抱きしめて、俺は叫んだ。
 「そいつと、今朝偶然駅の近くで会って、腕、引っ張られて」
 「もう、いいから。もう誘わないから!」
 「振り払って、逃げてきたのに、ずっと腕の辺りにあいつの手の感触が残ってる気がして、思い出して……」
 「ミヤ」
 それ以上聞きたくなくて、俺はミヤの唇を塞いだ。掛け布団跳ね飛ばして、ぎゅって抱きしめて。
 少しして、ミヤが俺のシャツの背中、強く叩いて、俺ははっとしてミヤを離した。
 「ごめん、俺、そいつと変わらな……」
 「お前と、舞台に立ちたかったんだ。大会、終わった後にお前にどこの高校にいく気なんだって言われて、同じ所に行くから絶対に俺と一緒に芝居しろって言われた時から、ずっと……」
 今度はミヤから俺に抱きついてきた。そっと、壊れ物扱うみたいに抱きしめ返す。
 「なぁ、俺がそいつの事忘れさせられたら、一度だけでいいから舞台に立ってよ」
 「そんな、無理だ。それにどこにそんな」
 「演劇祭、あるじゃん。中学校の頃みたいにお前が脚本書いて、参加しようよ」
 「無理だ。舞台になんて、立てない」
 「ちょっとだけでいいからさ。ねぇ、俺にも機会を頂戴。お前と一緒の舞台に立つ機会、俺に下さい」
 「…………どうやって、忘れさせてくれるんだよ!」
 俺を上目遣いで睨んで、ミヤが怒ったみたいに言う。
 俺はミヤの顎を優しく捉えて上を向かせた。さっきみたいに乱暴なのじゃなくて、俺の気持ち、伝えるキスをする為に。
 「怖かったら、言って。止めるから」
 「本当だな」
 「うん。絶対。でも怖くなかったら最後までだよ? 幸いにもまさみちゃんいないし。他の生徒もいないし」
 少し赤みの戻ってきた頬に手を添えて俺は優しく口付けた。
 ミヤの心、癒す手伝いと、念願の舞台を実現させる為に。



 「舞台、立ってくれる?」
 腕の中で俺の胸に顔を埋めてるミヤの耳元でそっと囁いてみる。もぞもぞっと動いて、ミヤが俺の顔を見上げた。
 「お前と同じシーンに出ないなら、考えないでもない」
 「マジで? でも一緒には出来ないんだ? ……まぁ、お前が芝居してるところが見れるんなら、それだけで今年は満足しておこう」
 「今年は? 来年もやるつもりなのか?」
 物凄く真面目な顔をしてミヤは考え込む。何だか、こう、きっと本人に言うと怒るから言わないんだけど物凄く可愛く見えた。
 そんな俺の気持ちも知らないで、ミヤは甘えるみたいに俺の腕に頭を載せて肩口に顔を埋めた。
 「もう少し優しい忘れさせ方をしてくれればな。考えないでもない」
 「分かった。精進する」








後書きと言う名の言い訳
 パソコンの容量を少しでも軽くしようという事で。
 本体に入れっぱなしで忘れていたものシリーズを再アップ。一体幾つあるのでしょうか。
 これを気に在庫一掃セールみたいな事をしたいなとか目論んではいませんけど。

 タイトルのPrivateは勿論個人的な、とかそういう。
 俺だけの舞台人、みたいな意味です。

 20040310
再アップ20080207