Side of BLUE −白薔薇姫―

 「きゃあー! しの、見てこれ見て」
 朝から母さんが何やら大騒ぎしている。チャイムが鳴って玄関に出て行った、と言う事は多分宅配便か何かだと思うんだけど。
 「どうした……何それ?」
 「今ね、しのに届いたのよ! 母さんハンコ押しただけで送り主とか見てないからね! ふふふふふ」
 きゃっ、とか可愛らしく笑って母さんは僕にそれを送りつけて仕事部屋に戻ってしまった。
 (綺麗。それにいい香りだ)
 一瞬思った。が、……一体、こんなふざけたものを僕にどうしろというのか。
 真っ白な薔薇の花束。買ったら物凄く高そうな。
 甘い香りが鼻腔をくすぐる。目を閉じて花束に鼻を近づけたら何かが当たった。よくよく見るとカードが花に隠れていた。
 『to my sweetie』
 頭の中で日本語に変換して、僕はその場に膝を付いた。
 ……こんなものを寄越す知り合いは一人しか思いつかず、こんな言葉をカードに書くような知り合いも一人しかいなかったからだ。
 確認の為に配達票を見て、僕は思わずため息をついた。
 「しのー、電話でてー」
 のんびりとした母さんの声に促され、僕はのろのろと立ち上がった。玄関先にあるコードレスフォンを取って再び床にへたり込む。
 「はい、有栖川です。どちら様ですか?」
 『その声から察するに、俺の気持ちは届いたようだな? 今日は暇か?』
 「…………暇だけど」
 地獄の底から引きずり出した声にも、受話器の向こうの声は全く動じずに自分の用件を切り出す。
 『十時に駅前のマクドナルドで待ってる』
 「え?」
 聞き返したと同時に電話が切れたのは断じて僕の所為ではない。と思いたい。
 「そんなところに座り込んでどうしたの? もしかして嬉しすぎて腰が抜けたとか?」
 まるで子供のようにきらきらとした目でドアの隙間から僕を見ている母さんには悪いが、僕はただ単に腰が抜けたのだ。
 (もし僕の家族が遠慮のない人で僕より先にカードを見てたらどうなってたと思ってるんだ!)
 しかもこれからこの花束の贈り主と逢わなくてはならないのだ。脱力した身体に力を入れなおして母さんに声をかけた。
 「今から出かけてくる……。夕方には戻るから」
 「きゃ! 花束の贈り主とデートね! いいのよ夕方だなんて言わずに夜までだって!
 母さん達には気兼ねしないで楽しく過ごしてきてね! あ、あと……朝帰りするなら電話してね?」
 「……行ってきます」
 なんだかもう反論する気力もないまま僕は家を出た。勿論花束は玄関の花瓶に飾ってから。


 「………………」
 「何で呼び出しておいて黙るんだ?」
 時間より五分早く待ち合わせ場所に着くと、既に相手はそこで待っていた。
 黒のカットシャツに同じ色のコットンパンツにショートブーツ。……学校で見るのと全く変わらない黒尽くめの姿で。
 「いや、その、な」
 「何なんだよ。それに朝の! 母さんに見られて物凄く恥ずかしかったんだぞ!」
 「嬉しくなかったか?」
 ちょいちょい、と手招きするので僕は仕方なく近づいてやる。
 「……綺麗だった。あといい香りがした」
 「お前の方が綺麗だしいい匂いもするがな」
 肩口に頭を埋められて、僕はどきまぎした。だって、ここは人通りの激しいところなのだ。それに僕達は男同士なのだ。きっと通行中の人々に変な目で見られてるに違いない。
 「土岐、離れて」
 「いちゃついてるカップルにしか見えない。気にするな」
 土岐は調子に乗って腰に手を回して僕を抱き寄せた。おお、とかいいなー(?)と言う声が周囲から上がる。僕は恥ずかしくて堪らなくなった。
 「もう、いい加減離せ」
 「お前がこんな服装で出てくるのが悪い。コート着せて、誰にも見せてやりたくなくなる」
 「暑苦しいじゃないか、今この時期にそんな格好したら」
 どうせ僕は薄手の半袖パーカーシャツにハーフパンツにスニーカーだよ。悪かったな、普段着で。
 「まさか抱きつく為に呼んだわけでもないんだろう? 何の用だよ」
 僕は土岐を引っぺがした。別に抱きしめられるのは嫌じゃないけれど、周囲の好奇の目が気になる。
 「恋人の誕生日にデートしたいって思うのは当然のことだろう?」
 「は?」
 僕は一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 何の用だと訊いたら返ってきたのは『誕生日にデート』と言う訳の分からない……誕生日?
 「今日って、八月三十一日なのか?」
 「お前の誕生日だ。俺が忘れるわけがない」
 ほら、行くぞ、と手を差し出され、自然にその手を取ってしまった。


 「そういえば、何で白い薔薇だったんだ? あの花束」
 「花言葉で選んだんだが、知らないか?」
 土岐が腰に手を回すのが駄目ならどうしても、と言うので繋いだ手を持ち上げて、そっと僕の手の甲に口付ける。
 悪戯がばれたときの子供のような目で僕を見上げ、抱き寄せた。
 「花言葉? あれか? 勿忘草が『私を忘れないで』とか言う、あの?」
 「ああ。白薔薇の、知らないか?」
 「知らない。何なんだ?」
 土岐がもったいぶっているときは、大したことがないときか、反対に物凄く大切なことを言おうとしているときなのだ。
 今がそのどっちなのかは知らないけれど、さりげない振りをして訊いてみることにした。
 「私は貴方に相応しい」
 真っすぐに見られて、そう言われて、僕はどう反応していいのか分からなかった。
 「そう、自惚れていていいかお前に訊きたかった」
 「馬鹿……」
 それ以上言葉が出なくて、僕は土岐を抱きしめ返すことで想いを伝えた。


 「お? 有栖川、お前腕時計新しくした?」
 こういうことには目敏いクラスメートの千草が僕の左腕を覗き込んで訊ねてきた。
 「うん? 誕生日プレゼントに貰ったんだけど?」
 それがどうかした? と続けると彼は意味深な笑みを浮かべた。そして耳を貸せ、と僕の傍に屈みこむ。
 「なぁ、腕時計をプレゼントされるって意味、分かってるか?」
 僕は首を横に振った。腕時計にも花言葉と同様の何かがあるのだろうか?
 「贈った奴が相手を束縛したい、独り占めしたいって思ってるんだぜ」
 愛されてるなぁ、有栖川、と言って去る千草の背中を僕は呆然として見送った。
 (束縛したい? 独り占めしたい?)
 慌てて土岐を振り向くと、土岐は千草となにやらひそひそ話をしていた。僕と目が合うと千草と顔を付き合わせ、にやりと笑う。
 「有栖川、顔が赤いぞ。どうかしたのか?」
 (愛されてる? 僕が?)
 机に突っ伏した僕の耳元で、土岐から貰った時計の秒針が僕に何かを囁いているようだった。



後書きと言う名の言い訳
はい。パソコンの容量を少しでも軽くしようという事で。
 本体に入れっぱなしで忘れていたものシリーズを再アップ。
 余談ですが探偵部シリーズは青サイドと月サイドに話が分かれています。
 青がしのと土岐、月が透哉と如月です。
 ……そしたら野崎さんはどこに出てくるんでしょうか?

 20040310
再アップ20080207