どうして、笑顔でいられるのか。 真夜中に叫びだした衝動 「九龍さん!」 「……凍也、どうした?」 「いえ、あの……今日も、潜るんですか?」 「そうだね。まだ調べていない場所もあるし、依頼も受けてるし。そのつもりだけど」 「俺もお供して良いですよね」 「今日も? 疲れてない?」 「俺のが若いんですから疲れてなんかいません! じゃあ、夜迎えに行きますから!」 先に行かないで下さいよ、と。 俺の存在をまるっきり無視した後輩は言うだけ言って去って行った。 人目が在る場所だというのに声を潜めもしない。 「面白い後輩だね、葉佩」 「……喪部」 「いや、面白いというのは失礼かな。実に興味深い。夜、何があるんだい?」 「特に喪部の気を引くことはないよ」 「その判断は君がするんじゃなくて僕がするべきものだろう?」 唇の端を持ち上げたにしては非友好的な笑みを浮かべた《転校生》 こいつが来てから、九龍は笑わなくなったと白岐は言っていた。 ……何かの見間違いだろう。 あれ以後も神鳳と大和、そして夷澤を解き放った九龍。 今も笑みを浮かべて喪部と相対している。 笑っている。穏やかな、笑顔。 何かが、引っかかりはするのだが。 「九龍さん、九龍さん!」 「……あれ、凍也。どうした?」 「どうした、じゃないですよ! アンタ今倒れかけたでしょうが」 「いやだなあ、ちょっと躓いただけだよ」 「躓いただけの人間が膝から崩れ落ちるわけ無いでしょうが! ちょっと、アンタも」 「そいつの動きは大袈裟なんだ。なあ、九龍」 「そうだよ。さすが甲太郎、良く分かってらっしゃる」 喪部を倒し、遺跡から脱出した九龍の懐には、一枚の写真。 ……俺の、過去。 「ふざけんのも大概にしろよ、アンタ!」 「と、うや」 「顔真っ青で明らかに寝不足であんだけ銃ぶっ放してなにが躓いただけ、だよ」 九龍の手首を捕えた、夷澤の手。 「心配させろよ! 頼むから、平気な振り、しないで下さいよ九龍さん」 「……ごめんね」 「俺は謝って欲しくなんか」 「ごめん、凍也。今は、これしか言えない」 ぽんぽん、と軽く背中を撫でて。 抱きついた夷澤をあやすその視線の先には、俺がいて。 「もう少し落ち着くまで、ここにいるから」 「……分かった」 表情は、やはり笑みのままで。 目に焼き付けるのが、それであれば良いと、思うほど。 「……甲太郎」 控えめなノックと控えめな声だったが、しっかりと耳に届いた、その声。 「今まで、ありがとう」 寝ぼけていた頭が、覚醒する。 別れを、告げるような、言葉に。 「明日も、よろしく」 遠ざかる足音は響いて。 隣の部屋のドアは開けられないまま。 息を詰めていても。 「九龍?」 気配は、失われたままだった。