ただ、君に誓う。 約束はしない 「九龍、午後から新人がここに配属されるからな。ちゃんと顔を出せよ」 「……大和?」 「と上司殿からのお達しだ。見かけ次第必ず伝言するようにと言い付かってね」 にっこりと人好きのする笑みを浮かべた友人とは、かれこれもう4年と半年ほどの付き合いになる。 自身にかけられた呪いを解く手がかりを探すためハンターを志望した大和は卒業式を待たず俺と共にロゼッタ本部へ。 推薦書を事前に出しておいたお蔭で適性検査と簡単なペーパーテストだけですぐに俺のバディになった。 安心して背中を預けられるのは今では大和一人なのだが。 「新人が配属されるってことは、大和」 「ああ。ハンター試験に合格したよ」 「そうか。俺の熱烈な推薦書が功を奏したかな」 「そうだな。あの葉佩九龍のバディを丸4年以上努めていたのだからハンターとしての資質は十分だろうとさ」 「……若干引っかかるものを感じないでもないよ、大和」 「気のせいだろう。さあ、報告書を書き上げて万全の状態で新人を迎えようじゃないか」 えらく機嫌が良い大和。何か裏があると考えるほうが自然なのだが。 「ハンター試験合格祝いも兼ねないと、だね」 「ありがとう」 穏やかな笑みを疑うことは、したくない。 「……で、皆さん買出しにお出かけ?」 「ああ。俺もこの書類を出しに行かないとな」 「ちゃんと顔を出せっていうのは建前で要するに留守番をしていれば良いんだね」 「そういうことだ。まぁ、新人を怖がらせないようにな」 「怖がられるような顔はしてないつもりだけど?」 「君の顔は端正だから黙っていたら人形かと思われるかもしれないってことさ」 じゃあ、仲良くやってくれよと言い残していく大和の背を見送って。 ふう、と一息。 未だ煮えくり返ってはいないし煮詰まってもいない真っ当なコーヒーをマグカップに注いで飲み干す。 ……真っ当な状態だけれども、味が真っ当かどうかは別の問題だ。往々にして。 かちかちと時計の秒針が時を刻む音だけが響く部屋。 新人、とやらが来るのが何時なのかそういえば誰も言っていなかった。 午後、と。 午後一番なのか、それとも幅を持たせたそれなのか。 「……何かイベントがあった、か?」 カレンダーを確かめるも何の記述もなし。 お祭騒ぎが大好きな同僚たちが見つけたというかなんというか。 世界のあらゆるイベントを書き込んでいるこれが空白だということは間違いなく今日は何もない。 ……ない? 新人の歓迎会が何もない、になるはずがない。 「どういうことなのかな」 ぽつりと零した独り言に答えるように鳴ったノックは二回。 同僚でそんなことをする人間はいないから、間違いなく新人の到着を知らせるそれだと思うのだけれど。 「失礼します……」 若干母音を強く発音する英語が、途中で止まった。 ゆっくりと扉のほうを見やれば、記憶にあったそれよりも更に伸びた背。 薄さよりもしなやかさが目に付く、体躯。 緩くウェーブを描く、髪。 「九龍」 はっきりとした呼び声は、英語ではなく日本語。 大和との会話も英語が常のこの職場では英語で通すのが当たり前だったから、久しぶりに耳にした、それ。 「こう、たろう……?」 記憶の底に封じ込めていた音はいびつに響いた。 「殴ってくれ」 「……え?」 「お前に、酷いことをした。殴るなり蹴るなり好きにしてくれ」 「な、に」 「『答えを見つけられたら、そのときにまた会おう』そう言ったのはお前だ」 ばりばりと。 容赦なく想いを封じ込めていた箱を破る言葉に、思考が停止しかける。 「俺はお前を傷付けた。ようやく、お前に謝りに来ることができた」 「どう、して」 「お前に会いたかったからに決まってる。九龍」 伸ばされた手、引き寄せられた体。 いつも漂っていたあの香りは、しない。 「すまなかった」 俺の目を覗き込む目は、乾いたそれでも他者を拒絶するそれでもなく。 ただ、俺だけを映して。 「俺を、許してはくれないか」 答えの代わりに瞼を下ろせば僅かに震える手が頬に、唇が瞼に触れた。 「大和、あの新人が例の九龍の心残りか?」 「そうだって言いませんでしたか? ああ、俺の心残りでもあったんです」 「お前のほうが安心して預けられそうなんだがなあ」 「馬に蹴られて死ぬ気は毛頭無いので遠慮しておきますよ」 「蹴りが得意らしいからなあ。でも、泣かせたらただじゃおかんぞ」 「そこは同感です」 季節外れの春の訪れはなかなか遠いようだった。