嘘は、ついていない。 琥珀の中で時を止めた 「おや、君がここに来るのは珍しいね」 僕一人の城と言っても過言ではない部室に。 「……俺だって用がなきゃ来ないさ」 招かれざる、までとはいかなくとも。 天変地異の前触れと思うには十分。 急に降り出した雨が物語るほどに。 「外を見てごらんよ」 「……ふん」 「お天気の神様もびっくりしたんだろうね」 想定外の客人に石たちもざわめいている。 物騒なオーラを醸し出しているからね。 「ところで、何の用かな?」 手近にあった一つを撫でて落ち着かせてやると、周りも落ち着く。 とりあえず彼に悪意はないだろうと。 多分。 「九龍を知らないか」 「博士を?」 「教室にも屋上にも保健室にも図書室にもいなくてな」 「……全部歩き回ったのかい?」 珍しい。 いつも探されているばかりだと思っていたけれども。 「悪いか?」 「そんなに急ぎならメールを送ってみれば良いんじゃないのかな」 「気付かないんだよ」 苛立った様子で髪の毛をかき混ぜる様子に、僕は少し考える。 彼が無視をされるようなことをしたのか。 否、さっきは上機嫌だった。 「他の教室には?」 「どこにもいやしない」 「……全部歩き回ったのかい、皆守君」 不謹慎とは思いつつも、笑みを堪えきれない。 口の端に、僅かだけ。 「……あとはマミーズか」 気付かないまま、踵を返して彼は出て行った。 そんなに急ぎの用件だったのだろうか。 「博士」 僕は振り返ってちょうどさっきの彼の位置からは見えなかった場所に声をかける。 小春日和よろしく陽だまりになっている部屋の隅で、くぅくぅと寝息を立てている塊に。 「博士」 小さな声で、呼びかける。 閉ざされた瞼を縁取る長い睫毛にも日の光が降り注いでいる。 夕日よりも赤味の弱い光は。 まるで、琥珀のようで。 このまま日の光が凝縮して。 中に閉じ込められたまま。 僕のものになれば良いのに。 「……こ、う」 呟きは留まりはしないのだから。 end