大人はずるいものなのさ。 ベイビー 「やぁ、瑞麗」 「とっとと消えたまえ」 「来た途端にそれは無いだろう」 「これでも親切にしてやったんだが? いきなり煙管で殴られたかったのかね?」 「……相変わらずつれないな」 「お前の調査は終了したはずだ。今更ここに何の用がある」 保健室に白衣にチャイナドレスの美女。 シチュエーション的にはもっとピンクなムードが漂っても悪くは無い。 しかし、俺と彼女という組み合わせにおいてその色はありえない。 鮮烈な赤が関の山だ。それも痛みを伴う。 「SOSを出されている気がしてな」 「とんだ受信機だな」 「宇宙刑事は信じる者の為なら野を越え山を越え、だ」 「……手は出すなよ。保護者が煩くてたまらん」 愛用の煙管が差したのは日当たりの良さそうなベッドではなく一番奥の。 小さく丸まっている影がうっすらと見える淋しそうなそれだった。 「俺をお呼びかい、ベイビー」 「……鴉室さん」 うっすら顔が赤くて目が潤んでいるのは熱による症状のようだ。 ……あの過保護な無気力高校生がいてこれか? 「あの無気力君は?」 「甲太郎なら教室で勉強中です」 卒業する為には授業に出ることから始めなさいって言われたから、と。 付け足す表情に翳りは無い。 質問の矛先を変えてみる。 「君はその体調でここに来たのか?」 「学園の中でここが一番安全だろうって。甲太郎に担いでこられました」 だから制服は着てないんです、とほんの僅かに持ち上げられた布団から覗くのは温かそうなパジャマ。 確かに制服ではないけれども。 「彼が、か?」 「はい」 確かに瑞麗がいる場所なら安全だろうが。 彼の溺愛具合は……こう……。 「宇宙刑事は必要なかったかな?」 「そうでもないですよ。ずっと寝ているのも飽きたし」 ふにゃりと崩れた表情と気遣いが分かる言葉は矛盾している。 その程度のことは、分かる。 「その香りで心も落ち着いて?」 「……意地悪だ、鴉室さん」 「俺でよければ幾らでも話し相手になろう」 宝物を隠すように右手にぎゅっと握っている金属。 預けていった彼の一番の宝物はしっかりと守られている。 ……しかし。 「鴉室さん、何かおかしい事が?」 「いや、きっとあのクールな表情でいっぱいいっぱいな言い訳で取り繕ってるのかと思うとね」 もう俺にはアロマは必要ないだの。 朝急いでいたから忘れた、だの。 きっと彼の中では間違いなく事実の。 そして周囲からすれば明らかに綻びだらけの言い訳を。 「まぁ、宇宙刑事もこうして待機していることだし。安眠するがいいさ、ベイビー」 彼がここに君を迎えに来たら精一杯からかってやりたいからな。 end