ふとした瞬間に、欠片がほろりと零れ落ちて。 箱詰めの恋 深呼吸をして、鏡の中の自分の顔を見る。 蒼い目。 その中に映る自分、映る自分、映る自分。 深く、心の奥深くへ。 ふんわりとした形のそれを、小さな箱に入れる。 かちゃり、と鍵をかける。 そのイメージを繰り返す。 錘をぶら下げた箱は手の届かないところへ沈んでいく。 それで良い。それが良い。 ここでするのは『青春』じゃなくて『仕事』 間違えるな、俺。 「おや、最近は取手より良く見かけるな?」 「ルイ先生」 「あまり良い状態ではないようだ。眠りとはまた違うものを欲しているね」 「分かりますか?」 「一目瞭然だ。自己催眠をするな、とは言わないがそれに頼り切るのも問題だよ」 甘い香りが鼻腔をくすぐる。 差し出されたのは、空の器。 「聞香杯と言ってね。まずは香りを楽しむ」 「……こんなに良い香りがするんですね」 「ああ。心を解してから今度は味わう」 両手の指先でそっと器の包み込んで、少しの間目を閉じる。 「解放、なんてそんなつもりはなかったんです」 「そうか。でも君がしていることがそうであると当事者たちは思っているんじゃないのかい?」 「少し、重いですね。俺は自らの信念の下に墓を荒らしているだけの存在であればそれで良かった」 「過去形だね。今はそうでは無いと?」 柔らかく芯のある声は俺の心を自分から晒させる。 朝のイメージが、ほろほろと崩れていく。 ガラガラと音を立てて崩れる錘。 かけた鍵はゆっくりと外れて。 「もうちょっとで、口にしちゃうところでした」 「おや、つれないな」 「そこで聞き耳立ててる人たちもいるんで」 「……だそうだ。仕事の邪魔をしないで欲しいな、鴉室」 箱が開くより前に、もう一度同じ作業を繰り返して。 沈んでいった。深く深く。 「俺はお茶をご馳走になりに来ただけだぜ?」 「壁に張り付いて、か?」 「いや、声をかけ損ねただけだ。ルイちゃんには話せて俺には話せないだなんて。お兄さん悲しいなあ」 「別に信頼していないわけじゃありませんよ」 窓の枠を越えて中に入ってきた親愛なるお兄さんに笑みを向ける。 痛みを堪えるような顔が返ってきた。 ……どうやら話す前に分かられてしまったらしい。 優秀、ではあるんだな、この人も。あまり実感した記憶は無いけれど。 「で、たちって?」 「用があって来たんですよ。俺のじゃないですけどね」 「ああ、それで聞かせてくれないわけか。……くく、拗ねられたらどうする?」 「そんなに可愛い子でもないですよ。俺も、甲も」 「? 無気力君が? ああ、出てくるタイミングを逸したわけか」 ごちそうさまでした、と器を返し。 ぺたぺたと歩いて奥のベッドのカーテンを開ける。 「聞き耳を立てるのって趣味が悪いと思うけど?」 「聞かれて困ることだったのか?」 「……困るというより、恥ずかしい、かな」 気まずさを一瞬で打ち消して、責める目に切り替えて。 口を開かれるよりも先に、にこりと笑顔を浮かべる。 「これでも健全な青少年だからね。恋の悩みを聞かれるのはちょっと恥ずかしいんだよ」 だから内緒にしておいて、と。 唇に人差し指を当てれば、ため息。 がしがしと髪の毛をかきむしって、まだ口を開こうとするので。 「内緒にしてくれるよね、甲?」 触れてしまったことに自分でも驚いて、逃げ出してしまった。 ……封印しようとすればするほど。 零れてしまう、想い。 end