曲がらぬ、魂。 悔しいけれど君には勝てない 「真里野は、本当に寒くないの?」 「心頭滅却すれば火もまた涼し、という言葉がある」 寒稽古、と銘打ったが集合時間より一刻も前に集まるほど熱心な部員はいない。 身を切るような空気を湛えた道場で相対しているのは、部員ではなく。 「ああ、集中していると周りが全然気にならないってことで良いのかな」 「そういうことだ」 ふむ、と頷いて背筋を正した葉佩九龍という友人。 生きるために必要だから会得した葉佩の太刀筋は形式を習ったもの、ではない。 己が命を繋げるための、ゆえに迷いの無い強き太刀筋。 「じゃあ、今この瞬間も集中してる?」 「無論」 「……凄いなあ」 ふう、と吐き出された色は白。 「凄い、とは?」 「いや、早く一勝負してもらえないかなって。俺は楽しみにしてて落ち着かないからね」 「……葉佩」 ひたと見据えてくる清冽な蒼の奥に、揺れるのは闘志の炎。 無益な流血沙汰は好まないが、純粋な試合であれば話は違う。 「三本一勝負。葉佩九龍、参る」 寒さなど、感じている余裕はどこにも無い。 「で?」 一言というか、色々と省略した言葉一つを発したきり甲太郎は黙った。 道着姿のまま正座をしている項垂れた真里野と九龍の頭はつい撫でてやりたい衝動に駆られる、が。 朝6時頃からだろうか、『死合い』ではなく『試合』を純粋に楽しんでいたらしい。 放課後まで。 「相済まぬ」 「済まぬで済んだら警察は要らない」 全身で謝罪をしている真里野に対して容赦などあるはずもない。 「まあまあ。もうそろそろ機嫌を直せ、甲太郎」 「機嫌?」 ゆるりと首を傾げた九龍に頷き返せば、不機嫌そのものといった視線が突き刺さってくる。 が、全く痛痒を感じないと言うのも事実だ。 面白い。ただ単に、あまりからかいでの無い甲太郎のつつきどころというか。 弱点、というか。 「九龍、今日誰かと会話をした記憶は?」 「今さっき二人が来るまで真里野と二人だったけど……甲?」 音が聞こえるんじゃないかと思うくらい奥歯を噛みしめた甲太郎を見て、これ以上の刺激はあまりよろしくない、と。 俺ではなく、九龍にとってあまりよろしくない、と判断したので。 「真里野、先に帰ろうか」 「承知した。皆守、実に相済まなかった。葉佩、ま」 「じゃあ、また明日な」 ずるずると襟首を掴ませていただいた。 「……夕薙?」 「ここで黙っているとなかなか面白いものが聞こえると思うぞ?」 「面白い、とは?」 「犬も食わない、というやつさ」 「大和、真里野に何か言った?」 「おや、何かあったのかな?」 「……今度からタイマーでも持参することにするよ」 「ああ、それは良い考えだな」 end