する必要が、無くなった。 無い物ねだり 初めて赴いた先でむやみやたらと敵を増やすのは得策ではない。 出来るだけ目立たぬように。 視線を集めぬように。 けれども協力者が大いに越したことは無い。 人好きのする笑顔、信頼感、安心感。 心を解す方法、うまく情報を引き出す会話の技術。 ハウツー本を読んで学んで実践して訓練をしてみたのだが。 『……しなくて、良いと思う』 先輩ハンターでありバディでもある男には否定され。 『お前には必要ないんじゃないか?』 似非爽やかな笑顔で二歳年上の同僚にも否定された。 肯定的な解釈をするとすれば、余計な技術を習得する暇があったら他のことをやれ。 人生のハウツー本は俺には無用の長物だったらしい。 交渉術は諦めた方が得策だろうと自分でも結論付けた。 「九龍」 人々の輪に溶け込むばかりか当座の宿の確保までしてしまっていそうな相棒に声をかける。 振り返った顔には笑み。 向かい側に座っている男の顔には不満。 「何? 甲太郎」 常に笑顔のこいつには別の意味であの類の本が必要なかっただろうと考えられる。 天性のタラシ。 二歳年上の元クラスメートで現在は同僚の男はこいつをそう評する。 あながち間違いでもない。 「今日中に必要な食糧を買い込んでおくんだろう? いつまで茶飲み話をしているつもりだ」 「そうだったっけ?」 「ああ。この地域の商店は日が暮れると店じまいをするのが当たり前だからな」 法律によって比較的早い時間、あぁ日本に比べればどこでも同じようなものなのだが。 早めの時間に店じまいをすることが義務付けられているこの地区から少し離れた場所に今回の調査対象がある。 そこそこ市街地に近い場所なのでテントの設置は出来ず、宿から車で通勤を余儀なくされた。 「そうだった。ありがと、甲太郎」 名残惜しそうな男に手を振って別れたつもりの九龍と。 俺にせっかくの上玉を取られたと思っているに違いない男。 面倒なことこの上ないがここからようやく俺の得意分野だ。 英語と日本語以外は話せなくても構わないと思っている俺に、男は早口でまくし立てる。 言葉が分からずとも、なんとなく言っている意味は分かるが、あえて無視をする。 そして九龍の肩ではなく腰を抱き寄せて鼻で笑ってやってから耳元に口を寄せた。 「何語だ?」 「オランダ語。訳そうか?」 「必要ねぇな」 いきり立って立ち上がった男を目で黙らせる。 ここで無駄な体力を使うのならもっと違う意味のあることに使いたい。 が、男は尚も声を上げ続ける。煩い。 「甲」 俺が伸ばした手の先を見た九龍が制止の声を上げるがそれも無視。 テーブルから失敬したナイフを足元に向かって投げつける。 ズボンの裾を縫いとめるつもりだったのだが、少しそれてつま先すれすれに突き刺さった。 一瞬止んだ罵声が更にヒートアップするのを聞こえないフリをしてそのまま店を出る。 「甲太郎って……」 「どうかしたか?」 昔はこいつが何かをするたびに俺がため息を付いていた気がするのだが、最近はそれが逆転しつつある。 不思議なこともあるものだ。 「……いや、良いや」 「そうか」 何はともあれこいつのバディでいる限り。 つまり死ぬまで俺には初対面の相手と上手く付き合うためのハウツー本は必要ないということが判明した。 end