いつまでいてくれても構わんがな。 夜間非行を君と 「……お前というやつは」 「こんばんは、阿門」 「窓から入ってくるなと何度言えば分かる?」 「こっちの方がイケナイお誘いらしくて良いかなと思ったんだけど?」 屋敷の鍵は渡したはずなのに、何故かこいつはそれを一度も使ったことがない。 必ず俺の部屋の窓から侵入する。 窓ガラスが破られた形跡がないので、いっそ見事と褒めてみれば良いものか。 「厳十郎が嘆いていたぞ。部屋が泥で汚れるとな」 「あー、それは考慮してなかったな。今度から靴を脱いで待ってることにするよ」 にこにこと。 笑みを浮かべる葉佩にため息を一つ。 近寄れば、冬の冷たい空気が頬を打つ。 「それで、用件は何だ」 「潜ろうよ、今日」 「……今からか?」 「そう。一時間ぐらい」 どうかな、と誘う言葉に抗う理由はない。 頷けば身軽に窓枠から外へ飛び降り。 「じゃあ、入り口で待ってる」 「ああ」 あっという間に闇の中に溶け込んでゆく。 足音すら響かない。 「厳十郎」 「はい坊ちゃま」 「今から出かける。一時間ほどで戻るから夜食の用意をしておいてくれ」 「夜食……お一人分ですね」 「ああ。手間をかけるな」 「滅相もございません。気をつけて行ってらっしゃいませ」 「ああ」 週に一度ほどの、葉佩曰く真夜中の秘め事が恒例になりつつある。 特に深くまで潜るでも、罠を解除するでも、調査をするでもない。 「今日はどの辺りにする?」 「お前が行きたいところで構わん」 会話の片手間に異形を倒し、お互いの理解を深める。 ただそれだけのことだ。 「じゃあ、近場で」 「ああ」 墓荒らしと罵っていた相手と共に自分も墓を荒らす。 滑稽極まりない。 「じゃ、また明日」 「寄っていけ」 「へ?」 「厳十郎が夜食を用意している」 「……良いの?」 「あれだけ動いて何も食べずに寝たほうが帰って身体に悪いだろう」 遺跡に伴われるようになってから、帰りは俺がこいつを誘うことが多くなった。 「じゃあ、お言葉に甘えて」 「気にするな」 遺跡内では話し足りなかった事柄について深く語り合うため、が主だ。 「厳十郎、今帰った」 「はい。お帰りなさいませ坊ちゃま。そしていらっしゃいませ、葉佩君」 「お邪魔します。あ、そうだ今度からは窓枠に足をかける前に靴を脱ぎます」 「それは結構なことです」 さ、まずは手洗いうがいです、と。 洗面所に案内される葉佩の背中を見送ったところで。 「こんな夜中に何の用だ」 携帯が震えた。 表示を見ずともこんな時間に電話を寄越す相手は知れている。 『お前、また九龍を夜食に誘ったな?』 「ああ。厳十郎がもてなしたいと言うのでな」 『あからさまな嘘をつくな』 「お前も来れば良いだろう?」 来れないと知っていて、口にすれば。 本人の怒りをそのまま表すかのように、通話が切断された。 「坊ちゃまも、手洗いうがいをしてください」 「ああ。今行く」 「……阿門、何か楽しいことでもあった?」 「ああ」 葉佩を夜食に誘うのは。 皆守甲太郎という男の唯一の弱点でもって。 奴をからかうため、でもある。 「……おや?」 「あら?」 翌日。 「阿門様、これは?」 「人質だ」 「…………最初から非常手段を使うなんて」 「さすが阿門様ですね。まぁ、これに懲りたら皆守君も真面目に生徒会の仕事をしてくれるでしょう」 生徒会室に乗り込んできた皆守には。 大量の書類と引き換えに葉佩を返してやった。 end