何を今更、とは思ったが。 遠回りして帰ろう 「さっさと帰るぞ、九龍」 六時間目の授業も終わり、下校を促すチャイムが鳴る。 部活の有無は関係無しに一般生徒は校舎から出なくてはならない。 それが生徒会による決まりだ。 「ちょっと遠回りして帰るから」 「……お前また余計なことに首を突っ込んでるんじゃないだろうな」 いつもだったら分かった、とついてくるのに今日のこいつは先に帰って、などと言う。 不信感溢れる目で見れば 「部活を見に来ないかって。誘われて」 「部活見学だ? お前、帰宅部だろうが」 「そう言って断ったんだけど。どうしてもって言うから断れなくてね」 ポケットの中をがさごそとかき回してメモを取り出した。 「ええと……弓道部と水泳部だろ? どっちから行けば良いのかな」 ぶつぶつと呟きながら教室を出て行こうとする。 俺のことなど既に眼中にないらしい。 ……ちっ。 「建物は向かい合って立ってるぞ」 「そうじゃなくてさっちゃんと神鳳とどっちを優先するかって……甲太郎?」 「何だよ」 「先に帰ってて構わないんだよ? 長引くかもしれないし」 驚きを隠しもしないで俺を見上げる。 失礼極まりない男だ。 「今日も夜遊びするんだろう? あんまり遅くなると差し支えるんじゃないのか?」 「あ、うん。そりゃそうだけど」 「お前のことだ。二人に体験入部でもしてみろと言われたら断らずに無駄な体力を使うに違いない」 「まぁ、違うとは言い切れないけど」 「だったら余計な奴が一人でもついていけば本当に見学だけで済むだろうが」 こつりと額を叩けば、うつむいて。 口元に手を当てて、肩を揺らす。 ……笑っていやがる。 「おい」 「いや、甲太郎って分かりやすいなと思って」 「は?」 「『皆守には内緒よ? 絶対について来るんだから』『皆守君には内緒ですよ? 絶対についてきたがりますから』」 双樹と神鳳の声音を真似た九龍を睨めば、更にくすくすと笑う。 「一緒に遠回りして帰る?」 ここで頷けば行った先で二人にも笑われるに違いない。 かといってついて行かなければ行かないで笑い話の種にされるに違いない。 ああ、くそ。 「プールが先で弓道場が後だ」 「はーい」 「てめぇ」 「見学が終わったら今度は遺跡に付き合ってくれるんだろ。今日はずーっと甲太郎と一緒で嬉しいなー」 「今棒読みだったぞお前」 「本当だよ」 急に真剣な声で。 俺だけを映している目をきっちりと俺に合わせて。 「俺は凄く嬉しい」 笑うから。 こいつが。 「……さっさと行くぞ」 「そうだね」 伸ばされた手の指を。 思わず絡めそうになって、ここが構内であることに気付き。 慌てて振り払えば、また笑い声が聞こえた。 end