最低だ、と思う。 負け犬に愛撫 「っ」 「大丈夫か、凍也」 「平気です! てかあんた一々気にしてたら勝負になんないでしょうが」 「いや、でも」 さっき顎に食らったアッパーのお蔭でくらくらとする視界のまま。 今度はストレートをよけ損ねた。 ボクシングなんてかじったこともない、と。 言葉とは裏腹な拳がさっきから襲い掛かってくる。 「時間だぞ、九龍」 「もう?」 「汗まみれの身体のまま潜るわけにはいかないだろ」 「そうだな……じゃあ、俺はこれでお暇させてもらうよ」 セコンドよろしく付き添っていた男の言葉に素直に従って。 リングを降りようとする、背中に。 「まだっすよ、センパイ」 「えー?」 「もう一勝負」 「……しょうがないなぁ」 向かって投げつければ。 振り返ったのはセンパイの表情ではなく。 立ち向かうものを薙ぎ払い、先へ先へと進むハンターの、それが。 「二分、楽しませろよ?」 俺を獲物だと、認めた。 「凍也! 凍也!!」 「おい、九龍、落ち着け」 「だってこんなに見事に決まるなんて」 「夷澤! おい! しっかりしろ!」 あの男とセンパイの声。 部活の先輩の声やら何やらが聞こえる。 「凍也、大丈夫か?」 「……あんたね」 ゴングと同時に鬼みたいな速さで懐に入ってきてボディに一発。 そこまでは覚えている。 そこまでしか、覚えていない。 「花畑の向こうにばあちゃんが見えましたよ。まったく」 「そんだけ減らず口が叩けるんなら平気だな。帰るぞ、九龍」 甲斐甲斐しくセンパイのグローブを外してやるその傍らには既に帰る用意がされている。 ……くそ。 「はいはい」 自由になった両手が、そのまま。 「ごめんな?」 頭に伸びてくる。 ……振り払う気力さえ、湧かない。 「別に。挑発したの俺ですから」 「そうそう。ほら、さっさと着替えてこいよ」 「甲太郎煩い。部長さん、ごめんな? ホープ倒しちゃって」 「まぁ、大したこと無いさ。それとも今からでも良いからうちに入らないか?」 「遠慮しておくよ。……凍也」 額にかかった前髪をかきあげて。 「さっさと帰れば良いでしょ」 「そうじゃなくて。本当に、ごめん」 至って、それが普通であるかのように。 額に、唇が寄せられた。 「は、葉佩?」 「九龍!」 「あれ? おまじないってしてもらわなかった?」 「……悪い。邪魔したな」 「いや、こっちこそ夷澤が引き止めて悪かった」 着替える間もなく荷物ごと連れ去られたセンパイは。 「腹が痛くても眠れるおまじないなんじゃないか?」 「ほっといてください!」 湧きあがったこの想いを。 受け止めてくれやしないのに。 end