消毒薬より効く薬。 乾いた傷口 魂の井戸、なる奇妙な場所が遺跡の中には点在している。 化人も何も出てこない安全区域。 ゆっくりと傷を回復することもできるし、どういうわけだかアイテムの補充もできる。 「甲、ちょっとこっち向いて」 「なんだ?」 アイテムの入れ替えをしている苦労の邪魔にならないように端で大人しくしていれば。 いつの間にか隣で俺を見上げていた。 「やっぱり。ここ、擦過傷になってる」 「? ああ、そういえばさっき何かが掠っていったな」 爆音と共に飛び散った壁の破片が掠った気はした。 どうということのほどの傷でもないので放っておいたが。 「ちゃんと消毒しないと何かの病原菌が入るかもしれない。座って」 「大したものじゃない。もう乾いてるだろう?」 「そういう問題じゃない。座れ」 がしゃりと暗視ゴーグルを外して、しっかりとこちらに向けられた双眸は暗い蒼。 ……口調にも苛立ちが感じられる。 大人しく座っておくに越したことは無い。 「センパイ? どうかしたんですか?」 「甲が怪我してるから手当て。ちょっと待ってて」 手を振るだけの九龍に、むっとでもしたのか。 眼鏡犬が負の感情を隠そうともしないで睨んでくる。 俺のせいじゃないんだが? 「いつやったか記憶は?」 「お前がさっき壁を吹き飛ばしたときだな」 「……ごめん」 「気にするな。というかわざわざ応急セットなんか使わなくても舐めておけば十分だ」 ぽんぽんと頭を撫でれば、いつものように凪いだ海の蒼に色が戻る。 アサルトジャケットにかけていた手を膝の上に戻して、じっと俺を見上げてきた。 「でも目の横なんかどうやって舐めるんだ?」 「目の横に消毒液をぶちまけられた方が危険だ」 「そうだな……ああ、そうか」 蒼が今度は明るさを増す。 「! センパイ、何してるんですか!」 「消毒?」 「それはセクハラって言うんです! アンタも何誤解招くような物言いしてるんですか!」 あと少しで触れるはずだった九龍が犬の腕の中に納まった。 …………犬のくせに。 「あれ、凍也も怪我してる」 「は?」 「おい、九龍!」 頬の辺りをぺろりと。 赤い舌が舐め上げた瞬間、首から上全てが赤く染まってそのままぱたりと後ろに倒れた。 「凍也、凍也? 甲、どうしよう、どうすれば」 「……放っておけ。それよりほら、俺の消毒」 「え、でも」 「痛くなってきた。ずきずきしてきた。早くしろよ、九龍」 「もう消毒はしてくれないのか?」 「あら、何の話ー? 茂美にも教えて、ダーリンっ!」 「お前なんか食塩水で十分だ」 怪我をしていないところを消毒させたのが良くなかったらしい。 あれ以来『消毒』はしてもらえなくなってしまった。 end