あたしは、絶対に忘れない。 さよなら、また会う日まで 「うわー、九チャンモテモテだね!」 残念なことに桜の花は間に合わなかった。 今日を最後に当分日本には来られないだろうって言ってたから、どうしてもって祈ってたのに。 「花を貰っても持って帰れないからって断ったんだけどね」 「でも凄いじゃない、そのリボン」 「じゃあリボンだけでも良いから受け取って下さいって言われて、受け取っちゃったのが間違いだったよ」 困ったように言うけれど、笑顔。 色とりどりのリボンを抱えて笑う九チャンはとても嬉しそうで、あたしまで嬉しくなった。 「でも第二ボタンは売れ残っちゃったの?」 「ボタン?」 「あ、知らないのか。あのね、憧れの先輩の第二ボタンをね」 「センパイ!」 全部のボタンがきっちり残ってる上着を指差しながら教えてあげようと思ったら。 生徒会の夷澤君がこっちに向かって走ってきた。 「凍也、どうし」 「それ下さい」 「え?」 「これ、下さい」 隣のあたしになんて目もくれないで。 九チャンの上着の、第二ボタンを掴んで。 「下さい。俺に」 凄く、真剣な、声と、顔で。 「……こんなので良いの?」 ふしぎそうに首を傾げて、九チャンはあたしを見た。 「それは特別なんだよ!」 「そうなの? でもボタン一つだけ?」 「良いの! それでも! ね!!」 夷澤君がどうしてボタンに拘るのか、あたしには分かるから。 どうしても、九チャンの手から渡してあげて欲しくて。 「ちょっと待って……はい」 「セン、パイ?」 「どうせならこれごと貰ってよ。一つだけボタンが無い上着じゃ意味が無いだろ」 脱いだ上着を、そのまま。 夷澤君に手渡して。 「お前が卒業するまでは、やっぱ無理だからさ」 「……当たり前じゃないスか」 「だからさ、俺の代わり。俺がここにいたって証拠」 ぐしゃぐしゃって髪の毛をかき混ぜて、九チャンはにっこり笑う。 「良かったね」 「……はい」 上着を握りしめた夷澤君は、頷いて駆け出していった。 「やっちーも、モテモテだね?」 「うん! テニス部の後輩から色々貰っちゃった」 「女の子はスカーフとかブローチが欲しいの?」 あたしの制服からはスカーフとブローチ、あと校章とクラス章が消えていた。 その代わりにたくさんの花束。 「別にモノに特別な意味は無いんだよ? でもそのセンパイがいた証が欲しいって、そう思うんじゃないかな」 「第二ボタンは?」 「あ、あれは別。多分、心臓に一番近いからじゃないかな」 そうか、って呟きながら九チャンはがさごそとズボンのポケットに手を突っ込んで何かを探してるみたいだった。 「じゃあ、これでも良いかな」 「え?」 差し出されたのは、九チャンが遺跡に潜るときにいつもしてた指貫のグローブ。 「これ、大切なものじゃないの?」 「これ自体はどこにでもあるものだから」 「でも」 「思い出を共有できる人に持ってて欲しいんだよ」 だから、貰って、と。 差し出されるけれど、あたしには。 「何も、あげられないよ?」 もう、スカーフもブローチも校章もクラス章も何も無い。 「あるよ。貰えれば、だけど」 「何? 何でも良いよ! 言って!」 「このリボン」 「え? でも」 「俺がリボンで思い出すのは後にも先にもこのリボンだけだよ」 するり、と。 あたしのリボンが引き抜かれて。 はらはらと、髪の毛が解ける。 「……かたっぽだけじゃ、変な髪形になっちゃうよ」 「両方貰って行っても良い?」 「うん」 両方、解けて。 下を向いたら、顔を隠せた。 泣かないって。 泣いたら、困らせちゃうから、絶対に泣かないって。 決めてたのに。 「またね、やっちー」 「うん」 「元気でね」 「うん」 「連絡は、難しいかもしれないけど、日本に来る機会があったらそのときは必ずするから」 「うん」 優しい声に、涙が止まらなくなる。 「九龍、何してんだ」 「大切な人にお別れの挨拶」 皆守君は、ハンターになるんだって。 九チャンと一緒に、行くんだって。 「あたし、絶対に、九チャンのこと忘れないから!」 「うん。俺も忘れないよ」 「皆守君!」 「……なんだよ」 「九チャンを泣かせたら承知しないんだからね! 許さないんだからね!!」 「当たり前だろ」 「…………うん」 最後に、あたしは九チャンに抱きついて。 「大好き」 「俺も好きだよ」 「怪我しないでね。気をつけてね。また日本にきてね」 「うん。約束する」 離れて、笑顔で二人を見送った。 end