夜眠る。 それだけのことが。 僕はここにいる 毎朝隣の俺の部屋のドアを叩いて起こす奴が。 今日に限って、来ない。 煩い、だの。 まだ眠い、だの。 散ざっ腹文句をたらしつつ。 内心毎朝の来訪を嬉しく思っていたのだが。 時間は、まぁ、至って普通だ。 今から身支度を整えるにしても、十分に余りある。 食事をゆったり取ったとて、同じこと。 「九龍?」 いつもとは逆の行動を。 「おい、九龍」 何の根拠もない焦燥感に駆られて。 乱暴に、二度三度とドアを殴りつける。 「九龍!」 ノブを回せば、無抵抗で開く。 一瞬ためらったが、迷いを振り払って中に入る。 ダンボールが整然と積み上げられた。 けれども雑然とした印象しか与えない部屋の。 隅のベッドの上の塊は。 「……お前、寝てないのか?」 膝を抱え込んで、頭から布団をかぶって。 虚ろに開かれた両の目はぼんやりと宙を彷徨っている。 「九龍?」 色を失った顔にそっと手を伸ばせば、ゆっくりと焦点が結ばれ。 「……こ、う?」 「ああ」 ぶわりと涙が湧きあがった。 「怖い、夢を」 いつも誰かに差し伸べていた手が。 救いを求めるように俺に向かって伸ばされた。 「夢?」 手だけではなく、その身体ごと抱え込むようにすれば、ぎゅっとすがり付いてくる。 「夢を、見たんだ。俺はここにはいなくて、ここにいたのは、全部夢で」 「その夢から覚めたら、もう、皆のことがおぼろげになって」 「誰が誰だか、分からなくなって。思い出せなくなって」 「それでも、普通に、生きてるんだ。そんなの、嫌だって」 「嫌だって、何度叫んでも、思い出せないんだ」 ぼろぼろと涙は零れ。 俺にしがみついてくる両手は指が背中に食い込むほどに。 「叫んで、目が覚めて、あの夢の続きを見たらどうしようって」 「それで、ずっと起きてたのか」 痛みを堪えてそ知らぬ顔で。 赤くなった目から零れ落ちる涙を指先でそっと拭って。 「馬鹿だな。俺がいるだろ」 「甲太郎」 「俺の隣で眠れば、そんなことは絶対にないって安心して眠れただろ」 まだ震える唇に自分のそれを重ねる。 「俺の部屋の鍵ぐらい簡単に開けられるだろうが」 唇を離して、抱きしめたまま横になる。 「甲太郎?」 「今日はサボりだ」 「駄目だよ。お前、単位が」 「後で八千穂にメールを打てばどうにでもなるだろ。それより寝ろ」 「……ありがとう」 「ふん。今から行ってお前のことが気にかかって授業に身が入らなかったら一緒だからな」 小さな子供にするように、一定のテンポで背中を叩けば緩く瞼が閉ざされ。 呼吸も穏やかに、眠りに落ちた。 「お前なら、構わないんだ」 眠りを妨げられようが、何をされようが。 end