ぎゅっと抱きしめる。 抱き締めさせて 自分と同じ性別。 だから丸みはないし、細っこいせいですぐに骨に当たるし、筋張っている。 薄い皮が乗っただけの贅肉や脂肪という言葉を一切知らないような細身の身体。 軽々と持ち上げることができる上に俗に言うお姫様抱っこというものが軽々とできるのはなんか、こう、別に良いのだが。 せめてもう少し肉が欲しい。 もう少し抱き心地を良くしたい。 折れるんじゃないかという危惧がもう少し少なくなると良い。 そうすれば、もうちょっと無理もさせられるような。 そんな、気がする。 「変態だな」 「変態以外の何物でもないっすね」 「……おい」 ここ最近購買やマミーズで甘いものばかりを勧めるから何か変だとは思った、とは大和の言だ。 付け足された後輩の呟きは聞かなかったことにした。 「揚げ物も考えたんだけどな。吹き出物にでもなったら困るだろう?」 「ああ、だからチョコレートは勧めないのか」 「勿論だ。コラーゲンがどうのって理由で今はマシュマロを大推奨中なんだが」 俺を子豚にしたいのか、と九龍には最近警戒されている。 マシュマロを一日に何個かずつ食べると背が伸びるという情報が隠れ蓑だ。 「……あんたがどんなに餌付けしたところでセンパイは全部発散させちまってますけど」 「ああ?」 「遺跡がなくなって運動不足だからってんで各種道場破りしてるじゃないスか」 「…………そうだったか?」 忘れていた。俺としたことが迂闊だった。 「この際あれだ。肥後につき合わせてみたらどうだ?」 「肥後だ?」 「いつもスナック菓子抱えてる人っスか?」 「ああ」 「ばっかだなー、青少年達!」 窓から何かが入ってこようとした。 冬は寒い。 窓は開けない。 「無視するなって! せっかく俺が良い知恵を授けてやろうってのに」 とりあえず開けてやることにした。 なぜ男四人で狭い寮の部屋の中頭をつき合わせなければならないのか。 「酒だよ酒。ま、主にはビールだな。ビール腹って言うだろ」 馬鹿はやはり馬鹿でしかなかった。 大和が首根っこを掴んで窓から放り投げたのは大正解だ。 「甲太郎、九龍は恐らくハンターとして自分の身体を厳密に管理しているんじゃないかな」 「減量を?」 「そこまで厳密かどうかは分からないがな。体重が一キロ増えただけでも意外と身体ってのは動かなくなるものだからな」 「ああ、そういえば。じゃ、無理ですね太れってのは」 「そういうことになるな」 結論に辿り着くと二人は何事も無かったかのように部屋を出て行く。 そもそも俺はあの二人を自分の部屋に招きいれた覚えが無いのだが。 「あれ? 珍しいね」 「ああ、ちょっとな」 「ええ、ちょっと」 出て行く二人の代わりに入ってきたのは九龍。 俺も顔を出すと、にこりと笑顔を浮かべる。 「甲太郎、ちょっと良い?」 「何だ?」 俺を部屋に押し戻し、後ろ手にドアを閉め。 上目遣いでじっと見上げる。 「九龍」 少し低く、掠れたような声を出して耳元に唇を寄せようとすれば。 「俺、とっても良いことを思いついたんだよね」 ひらりとかわされる。 少しショックだったりもする。 「甲太郎は俺を太らせたいんだろう?」 「な、何を」 「最近何でもかんでも高カロリーな物ばかり勧めるんだもん。分かるよ、それくらい」 面白そうにくるくると良く動く双眸が、そこはかとなく危険な光を帯びているように見える。 「俺を太らすには運動を減らせば良いんだよ」 「運動を減らす?」 「だから俺しばらく甲太郎とは二人っきりにならない。うん、良いアイディアだと思わない?」 俺はとても良いアイディアだと思うんだ、じゃあそれだけだから、と。 くるりと身を翻して出て行こうとする九龍の身体を何とか押しとどめる。 運動を、減らす、とは。 「良く、ない」 「抱き心地悪いんでしょ? だったら」 「良くない! それはダメだ」 「…………ぷ」 必死になった俺を、九龍が身体を半分に折り曲げて笑う。 …………謀られたの、か? 「おい、九龍」 「だって、甲太郎必死すぎる」 「…………必死になるに決まってるだろうが」 やっと本当に恋人などと呼べる関係になれたのだ。 それ相応の行為を求めるのはこの年頃なら必然で、拒まれるとなったら必死だ。 「どうしてもう少し筋肉を付けさせようって方向にいかなかったの?」 「肉付いてた方が柔らかい」 「柔らかいのが好きなら」 「お前じゃなきゃ意味が無い。だからお前が太れ」 「……甲太郎って」 ため息を吐き出そうとするからその息ごと奪い取って深く深く口付ける。 抱いた腰も細いし飲み込みきれなかった唾液が流れ落ちていく首も細い。 けれど。 「お前じゃねぇと欲情しなくなったんだから責任とって太りやがれ」 「横暴だなぁ」 笑う首筋に噛み付いて、やっぱりもう少し抱き心地をどうにかさせようと思ったのだった。 end