向けられる視線に込められた、熱を。 その意味を。 知らない、訳ではなかったのだけれど。 愛も知らない 「困った、なあ」 「……困ってる人はそういう顔はしないと思うよ、九チャン」 「そうかな」 「そうだよ。それに九チャンが本当に困ってたら困ってるなんて口に出してくれないでしょ?」 「はは、手厳しい」 「心配してるの!」 「うん、ありがとう」 まったくもう、笑顔で誤魔化すの禁止なんだから! と。 腰に手を当てて睨まれると、どうにも弱い。 「いや、最近なんだか視線を感じてさ」 「視線?」 「自意識過剰かな、とも思ったんだけど」 どうにも執行委員から向けられるそれや、生徒会から向けられるそれとは、違うもの。 どちらかというと、まあ、好意的ではあるのだけれど。 「授業中? それとも移動中とか放課後とか?」 「授業中はないんだよね。だから他のクラスか他学年なんだけど」 「そしたら九チャンのファンの子じゃないの?」 「は?」 「九チャンのファン。あれ、知らないの? ファンクラブあるよ、九チャンの」 「はい?」 ファンクラブ。 アイドルやら、芸能人やらに存在するという、同好の士の集まりが。 なんで俺に。 「だって九チャンかっこ可愛いもの」 疑問を込めた視線に笑顔で返すやっちーにこそあって然るべきものじゃないだろうか。 後輩にも慕われているし、陽の気を振りまいているような、この性格。 というか。 「かっこ可愛いって、どういう」 「え、だって基本的に九チャン紳士でしょう? 後輩の子とか特に女子は顔知らなくても良く助けてるじゃない」 「顔を知らなきゃ助けちゃいけないって法律は無いでしょう」 「それだよ! 重そうなもの持ってるなあ、とか大変そうだなあ、はさらっと助けるでしょ」 「そりゃ、まあ」 「でもかっこよ過ぎないの! 視線が近いの! だからきゃーよりもきゅん、なんだよ!」 「……やっちー?」 「結構アタシも同じクラスで良いなーって言われるもん。うん、きっと助けてあげた誰かだよ!」 良いじゃない、嫌な視線じゃないんでしょう? と。 言われてしまったら、はいそうですとしか答えようがない。 盛り上がっているところに水を注すようで大変申し訳ないのだけれど。 でも一つだけ加えておかなければならない注釈が、ある。 「一回だけ、振り返ったときに背中だけ見えたんだけど」 「うん」 「……男子の、制服だったよ?」 「……………………きゅん、ってしたのかもよ?」 やっちーが一言を紡ぎ出すまでにどれだけの労力を要したのか。 そもそも相手の顔、というか目を見ないで話すやっちーというのが珍しい。 「視線の主、探した方が良いと思う?」 「困ってたのって、それ?」 「うん」 「うーん。探すのは良いと思うんだけど」 「けど?」 「一人で会いに行っちゃ、駄目だと思う」 「え」 がばり、そんな効果音を付けたくなるほど勢い良く顔を上げて。 教室の端、眠そうにしていた影を見つけて、大きな歩幅で駆け寄って。 「皆守君!」 「……なんだ?」 「九チャンをよろしくね!」 いつもどおりの面子と大声に教室の視線が一度集まってすぐに逸らされるのには、慣れたつもりでいたのだけれど。 「九チャンの貞操がかかってるんだから!!」 色々複雑な感情が込められた、主に哀れみの視線には未だに慣れなかった。 end