届かないと、知っている。 どんなに手を伸ばしても 過去の偉大な先達たちは、どんな思いでこの曲を奏でていたのだろう。 贈る相手は、答えてくれたのだろうか。 それとも、告げられないからこそ、この曲を贈ったのだろうか。 「貴方って見かけによらず随分と情熱的な曲を弾くのね」 「……双樹、さん」 赤く燃えるような髪の、あまり、接点の無いクラスメイトが。 急に、音楽室に入ってきて僕はびっくりしてしまった。 「驚かせてしまったかしら? ごめんなさいね」 「そんな、ことは」 驚いた、けれど。 別に僕が勝手に驚いただけで彼女は何も悪くない。 「もっと静かな曲ばかり弾くのだと思っていたわ」 僕とは正反対に。 生気に溢れている人だと、思う。 ……思って、いた。 「似合わないかな」 彼女もまた僕と同様に彼に救われた一人で。 僕が勝手に思い込んでいた彼女は、表層でしかなく。 心の奥深くに悲しさや寂しさを抱え込んだ一人の人だった。 「そういう意味で言ったんじゃないわ。ただ」 「ただ?」 「彼の前ではそういう曲を弾いてないんでしょうねと思っただけよ」 情熱も。 熱情も。 誰かに振り向いて欲しいと願う気持ちも。 恋をしていて幸せという気持ちも。 「僕は」 救われた。 大切だと思える人をもう一度得ることが出来た。 それだけで。 「彼が、笑っていてくれるのなら、構わないんだ」 どんな特別な地位も要らない。 一年にも満たない期間を共に過ごした友人で十分。 「……一曲リクエストしても良いかしら?」 「どうぞ」 呆れたように笑った双樹さんは。 携帯電話を取り出して、着信メロディを鳴らした。 どんなに手を伸ばしても。 届かない。 それは僕が届かせようとしないからで。 「鎌治」 「はっちゃん。どうしたんだい?」 「この間音楽室で弾いてた曲、弾いて欲しいんだけど」 「この間?」 「うん。三拍子のやつなんだけど」 「……これかな?」 「そう! これこれ! 聞かせてくれる?」 「喜んで」 あの日双樹さんのリクエストに答えて弾いたこの曲が。 聞こえているとは思っていなかった。 伝えられない曲の名前。 「なぁ、これなんていうタイトル?」 「そんなに気に入ったのかい?」 語学に長けている君に。 僕が君を想ってこの曲を弾いていると気付かれてしまったら、困るから。 「いつか、教えるよ」 僕がこの想いを思い出に変えることが出来たら、いつか。 end