あれは、落ち着ける場所だ。 がらくたに埋もれて眠った 何度も潜り抜けたからと言っても、やはり。 一人では、厳しいと認めざるを得なかった。 (七瀬の身体のときは) 不慮の事故により友人と身体が入れ替わってしまった時には。 こうも、手こずらなかったように思ったけれど。 ひたり、ひたり。 動脈を切っていたら今頃その場に鮮烈な赤を振り撒いていただろうけれど。 幸いにも切ったのは静脈。 お蔭で赤も鈍く出血量も少なくて済み歩く事も出来ている。 上出来だ。 及第点ぐらいはやっても良いじゃないかと思う。 あと数歩で傷を癒すことが出来る部屋にも辿り着く事が出来る。 もう一つ幸いだったのは化人どもを全て倒しきる事が出来た、と言う点だろうか。 この傷では大剣を振るう事はおろか鞭さえ握れるかどうか怪しい。 利き手を損傷。よって足は無傷。しかし出血により意識は大分朦朧としてきている。 どうしてお前は! そう、怒ってくれる相棒がいるときには色々な道具を詰め込めるだけベストに詰め込んで。 準備万端用意周到で潜るのだけれども。 荷物が増えればそれだけ動きも制限される。 一人で潜るときには必要最低限の物資だけしか持たない。 故に。 自分を守れ、自分を。 自分を守る為の道具など、武器で十分。 傷を癒す道具は一緒に潜る人の為のもの。 そう口にしてしまったが最後一人での夜遊びは見逃してくれなくなるだろう。 今だって十分に厳しいお母さんなんだから。 口裏を合わせてくれている黒塚への土産も、今日は持って上がる事が出来そうに無い。 アサルトベストには弾薬と裁判官の石ぐらいしか入っていないはずなのに、身体がいう事を聞かなくなっている。 かといって装備をそこいらに捨て置くわけにも行かない。 あの部屋に辿り着く前にここで行き倒れるわけにも行かない。 「九龍!」 そう、あの声を聞きたい。 出来れば顔も見たい。 「おいこの馬鹿。遺跡で横になる奴があるか」 うん、ざらざらした感触の床で寝るよりも、がらくたの山と罵られるあの部屋のベッドで眠りたい。 でも、ちょっと立ってるのが辛い。 足に力が入らなくなってるし。ああ、結構重症だったんだな。 「くそ、保健医!」 「そう怒鳴らなくても見れば分かる。龍」 どうやら、聞こえたのは幻聴ではないらしい。 血の臭いと混ざって漂うのは嗅ぎ慣れたラベンダーの香り。 「甲太郎?」 「聞きたい事も言いたい事も山のようにあるがそれは全部後回しだ……おい、九龍! 九龍!」 ああ、本当にラベンダーって落ち着くんだと。 意識が暗闇に引きずりこまれる前にぼんやりと思った。 「気分はどうだ? 吐き気眩暈その他何かしらの症状はあるか?」 アロマの香りに混ざっているのはもう血の臭いではなくて。 懐かしく愛しきがらくたの匂い。 確かめるように辺りを見渡せば見慣れてしまった現在の巣。 そして不機嫌丸出しの顔。 「愛しき我が家って、こういう事を言うのかな」 下らないと評されるがらくたの。 お宝の山と。 「……心配した俺がアホだった」 愛しい、人。 それが揃っているのを、確かそういう風に評するのだと思ったのだけれど。 「次からは回復アイテムを常備する」 「当り前だ」 「……ごめんなさい」 「分かれば良い」 帰る自分がいなければ、やはりお宝はがらくたでしかない。 end