控候


 土方の命により、情報収集を行う為今日の街外れに潜伏すること凡そ一週間。
漸く目当ての情報を手に入れ屯所まで戻ってきたのがつい先刻。
 長いこと風呂にも入っていなかったこの身体で私室に入ることは流石に躊躇われたので一度湯を浴び衣装を改め、一服をしてから土方の私室と続き部屋になっているこの部屋に入り、声をかけようと思った矢先耳に入ったのがこんな土方の一言だった。
「市村、耳が痒い」
 そこの耳掻きを取ってくれ、とでも続くのだろうと思い、耳掻きをしている土方に血と汗と涙の結晶である報告を聞かれるのも何かと思ったので部屋に入るのを思い止まったのが全ての間違いの始まりだった、と山崎は後に振り返って沖田に零している。
 (おや、市村君がいると言うことは美味しいお茶が飲めると言うことですね)
 などとのんびりと市村の笑みを思い浮かべていると、あまりにも衝撃的な一言が山崎の臓腑を抉った。
 くすくすと鈴を転がすように笑った後、市村がこう、言ったのだ。
 「では先生、横になって下さいますか? あ、頭は私の膝の上において下さい」
 「分かった。頼むぞ」
 あまり想像したくはないが、土方もあの仏頂面を珍しく綻ばせて笑みを浮かべながらこう返したに違いない。襖一枚通しているので全くその表情は伺えないが、常にもない言い方で容易にそれが想像出来てしまう。
 ニヤニヤ笑いを浮かべて市村の膝枕に頭を乗せて横たえる土方の図、を想像している間にごろり、と身体を横たえる音が聞こえた。
 (そんなこと一人でやって下さいっ!!)
 叫びだしたくなる衝動を堪え、山崎は必死に声や今にも噴出しそうな感情などその他諸々を抑えた。
 が。
 「痛くはありませんか? 痛かったらすぐに言って下さいね」
 「ああ」
 至極平和な会話を聞いていると、次第に沸々と怒りが湧き上がってきた。
 (何で新婚や長年連れ添った熟年夫婦みたいな会話交わしてるんですか!)
 奥歯がきりきりと不愉快な音を立てる。もうそろそろ我慢の限界だった。
 「はい、終わりましたよ」
 「ああ。すっきりした。そうだ、お前もするか? 俺がやってやろう」
 「そそそそそそんなっ! 滅相もございません! 私は自分でやりますから!」
 「遠慮をするな、ほら」
 がばりと勢いよく起き上がる音と、ぱたりと軽い身体が倒れる音がした。
 それが山崎の我慢の限界だった。
 「失礼致しますっ!」
 張り上げた怒声と共にがらりと襖を開くと、顔を真っ赤に染めた市村と視線が合ったが一瞬で外された。
 そっぽを向いた耳が更に赤く染まっている。
 「何だ?」
 全く慌てる素振りも見せず、むしろ余裕を表すかのようににやりと唇の端を持ち上げられ、山崎はただ酸素を求める魚のように口をぱくぱくと開閉した。
 「あ……その……報告を……」
 「聞こうか。ああ、市村の耳掻きをしながらでも構わないな?」


 平和な日々はこうして過ぎてゆく。




後書きと言う名の言い訳
タイトルは「控えて候」と読んでやって下さい。
「888」を踏まれたみきさんのリクエスト「なんでもない日常なのに、なぜか幸せオーラ全開の二人。あてられる山崎さん」にこたえた……つもり……『日常』???
勿論返品可です。でもできるだけ笑って許して欲しいかも……無理か。
まぁそれはともかく。今月は「トシさんに一泡吹かせろ月間」だそうなのでもうそろそろ沖田さんにも頑張ってもらおうかと思っています。

閑話休題。……山南さんがあまりにも書けないので逃避中に思いついたネタも並行して書いていこうかと思っています。
題して「壬生狼異聞 双世」。所謂パロディという奴です。詳しくはまたこの次の機会に。

20021109
再アップ20080207