ラルゴとアレグロのあいだ rosso 01 カリフォルニアより愛をこめて 大学生の夏休みは長い。 それゆえに大学の近くで一人暮らしをしている学生はほとんど帰省するのが当たり前、らしい。 けれどもそんなことをしたら夏休み分の家賃が勿体無いじゃないか。 そう理由をつけて去年のこの時期は実家に戻らなかった。 休み明けにテストを控えているにもかかわらず冬休みは強制連行と相成ったが、春休みは居残った。 京都の春は良い。 ……ではなく。 私、設楽舞には兄が三人いる。 警察官の長男、瑛。 プロ野球選手の次男、快。 そして。 「これ、間違ってうちの方に届いてたから持ってきてやったぞ」 「……何も直接持ってこなくても」 「天神祭のついでだからさ」 学生の頃からネット株式を始め、儲けた金で日本一周を飛び越えて世界一周の旅をしてきた自由人の三男、恵。 「灯ちゃんってあれだろ? カリフォルニアに留学してるお前と正反対のお友達」 「来週帰って来るらしいけれど」 「そうなんだ?」 親友からの手紙がついでなのか、それとも土産物がついでなのか。 喫茶店のテーブルで万国博覧会が開かれつつある。 箱で送りつけてくれれば良いものを、あれこれと旅の思い出を語りつつ紹介していくものだから時間がかかって仕方が無い。 重さも大きさも一番安い便で届きそうなものにあれこれと思い出が付加されていく。 正直土産よりも語りの方が重そうだ。 「もう一つずつあった方が良かったか?」 「いや、そういう問題ではなく」 「あ、あとあれ。お前の友達にも面白そうなのがあったから買ってきた」 恵兄さんは結構なおしゃべりだが決して人を不快にさせるそれではない。 話術は巧み、話題も豊富、ウィットにも富んでいるという見事な語り手なのだが、一つだけ欠点がある。 よくある欠点だ。 人の話を聞かない。 「じゃーん」 「……兄さん?」 取り出だしたるは分厚い本とロザリオ。 「悪霊退散とか、似合いそうじゃん」 確かに。 いつも黒尽くめだから似合うかもしれないが。 「新学期になったら、渡しておくよ」 「おう。任せた」 手早く土産物をこれまた土産物の鞄に詰め込むと私に差し出し、自分は伝票を持って先に立つ。 来るときが急なら帰るときも急だ。 「今度はどこに?」 「しばらく日本にいる。面白そうな映画も溜まってるだろうし、兄貴達も煩そうだし」 「快兄さんは地獄のロード前で気が立ってるかもしれないけれど?」 「応援歌を熱唱してやる。またな、舞。元気でな」 颯爽と人ごみに紛れていく兄を見て、どことなく。 四十数回もマドンナと呼ばれる女性と恋に落ち一つも実らなかった銀幕の人を思い浮かべてしまう私は兄不孝者だろうか。 「というか来週って」 渡された絵葉書の青い空全面に文字が書かれている絵葉書の意味を既に消失したものを見て。 私は思った。 真田灯。 私の同性の親友であり、現在カリフォルニア留学中。 すぐ上の兄の女性版とでも言うのだろうか。 動作はきびきび、誰にでも物怖じしない。 明朗闊達。清々しい。 どこにでも突っ込んでいく。 兄のお蔭で石橋を叩いてそれでも渡らない私とは正反対の友人が、来週一時的に帰国するという。 楽しみではある。 とても。 久しぶりに会うし、メールや手紙では語りきれなかったことだって山ほどある。 だが。 「……なんか、こう、引っかかるのはどうしてだ?」 首から提げた従兄の形見のロザリオが頷くように鈍い光を反射した。