或る晴れた日の午後 |
「お茶が入りました」 「ああ」 盆に載せてきた茶を差し出すと、此方を見ようともせずに受け取る。 湯飲み茶碗はかなり熱いはずなのだが、土方はそれを持つ、と言うよりは握りこむようにしたまま見るとは無しに外を見ていた。 「下がれ」 と、その一言があればこの場から退去することも可能なのだが、小姓である市村には土方の言葉が掛からない限りここから動くことさえ叶わない。 茶を啜るでもなく、その手に持ったまま外を見ている土方。 「なぁ」 どうしたらいいのかと思案している内に声が掛かった。慌てて顔を上げると、声の主は外を向いたままだった。 「暇だな」 「そうですね」 暇、と言う決して良い印象を与えない単語でも、土方が口にするのと自分が口にするのとではそこに掛かる重みが全く異なる。 「良いこと、なんですよね」 壬生の狼などと悪し様に呼ばれる自分達が刀を振るわず、昼下がりをのんびりと過ごしている、と言う事。 京の都で何も起こらず、人死にも出ていないと言う事。 「良いこと、だな。俺がそう感じているだけじゃなくお前までそれを口に出すってことは余程良いことなのだろうさ」 漸く茶に口を付けた土方が此方を見、ちらりと微笑んだ。 市村もにこりと微笑を返す。 「こんな陽気だと、沖田先生が『お散歩にでも行きませんか?』って誘いに来そうですね」 「だな。総司の野郎は道場で若い隊士達に稽古付けるよりも、駄菓子でも持ってそこいらの餓鬼と遊ぶ方が好きだからな」 くすくすと笑う市村の声に被さる様に軽やかな足音が近付いて来る。 とととと、と弾むような足取りで。 その音に振り返れば 「お二方ともお暇ですか?」 と聞き慣れた涼やかな声。 思わず顔を見合わせ、今度は二人で声を上げて笑う。 「どうしたんですか?」 問い返す声には答えず、笑みを浮かべたままの顔で返す。 「「暇だ(ですよ)」」 屯所から三人の影が楽しそうに町へ出て行くのを見送る近藤の姿が有ったとか無かったとか。 |
後書きと言う名の言い訳 |
講義中「暇」だったので思わず書いてしまった話。 壁紙を発見したときからずっと「新撰組」関連の話を書きたくて。 で、まぁ三谷さんが大河をやるっていうんで近隣のH市も町おこしをするらしく、それに便乗してみました。 ……寧ろ先取りって感じですか? あーっとこれ、「PEACE MAKER」でも「燃えよ剣」でもありません。 私版の新撰組って感じで。 とりあえずちょこちょこ書いていく為にシリーズ名、決めました。 本文中で市村が言っていた「壬生の狼」と言う事で「壬生狼異聞」で。 読み方は「みぶろいもん」。「いぶん」と迷いましたが「いもん」の方が何となくしっくりきたんで。 続きはそのうちに。 20021008 再アップ20080207 |