街行き・昼
 ここ最近、京の街は重く垂れ込めた雲に覆われていた。
 普段は物陰だろうと思われる場所に手を伸ばせば、その指先にじっとりと湿気が纏わり付く。
 陽が姿を現さない日々は人々の心にまで影を落としていた。
 鬱々とした日々が続いていたある日、久方振りに太陽が晴天に姿を現したかと思えば見る間に街が活気づいた。
 世に言う「梅雨明け」というやつであった。
 


 「折角の天気だ。気晴らしに京の街にでも行ってきたらどうだ?」
 ここ数日は特に天気が悪かった為、『こんなしけた日に仕事なんざ出来るか』と文机に山のように書類を溜めていた土方だったが、漸く晴れた今日は『晴れたからには仕事をしてもらうぞ』と近藤に強く言われ嫌々ながらそのツケを払っていた。
 ただいまの時刻は正午を少し回ったところ。先程正午を告げる鐘が威勢良く鳴っていた。
 ので市村が淹れた茶で休憩をしていたのだが、この市村、どうもあまり元気がない。午前中は外が晴れて嬉しそうにしていたのだが、茶を淹れる為に一旦席を外してから妙に沈んでいるのだ。何かあったに違いないが、それを口に出すような市村ではない。
 そこで土方が思いついたのが『外出をさせること』。心が塞いでいて、それを自分に言えないのならば身体ごと外に出してしまえばいいと考えたのだった。少しは気が晴れるだろうと。
 「一人で外に出るなと仰ったのは先生ご自身ではありませんでしたか?」
 「いや、一人ではなくてな」
 「先生、ご自分の文机の上を見て物を言って下さいますか?」
 「……何を拗ねてやがる」
 沈んでいるときの市村の癖の一つに『人の顔を見ない』というものがある。市村はそれをまさに実行中であった。
 「藤堂先生に『土方さんのお小姓さんはどっからどこまで手伝うんだろうな?』と訊かれただけです」
 「藤堂の言うことなんかに一々腹立てても仕方ねぇだろうが。気にすんな」
 「……はい」
 まだこんなにあるんですからもうそろそろ休憩もお終いにしましょうね、と市村は空になった湯飲みを無言の土方から受け取ろうとした。が、土方は空になったそれを離そうとはしない。
 「先生?」
 「……斉藤」
 どうかしましたか、と尋ねる市村に土方はぼそりと答えた。
 「斉藤先生をお呼びするんですか?」
 「あいつが今日は非番だし暇だ。一緒に行け」
 「……ありがとう御座います」
 曇っていた市村の表情が今日の空のように明るくなった。それを見て土方は安堵する。
 「気を付けて、日が暮れる前には帰って来いよ」
 「はい!」
 漸く見せた市村の年相応の笑顔に、土方は微笑で応え文机に向かった。



 「やはり晴れると賑やかですねぇ。京の街はこうでないと」
 「そうですね。活気があって、賑やかで。あ、金魚売りだ」
 「ああ、もうそんな季節になるんですよね。欲しいですか?」
 「いえそんなっ! きっときちんとお世話できないでしょうから」
 「そうですか。そうだ鉄之助君、欲しいものがあったら言って下さいね。それに何かあったら。今日は私が奢りますから」
 にこにこと人のいい笑みを浮かべ、人込みに紛れないように市村の手を引く斉藤は隊内でも一・二を争う実力の持ち主である。……楽しそうに、実に楽しそうに京の街を行くその姿からは全く想像出来ないが。
 「あの……それでは少し休憩させて下さいませんか? あまりにも人が多くて」
 「人酔いしてしまいましたか? すいません、つい浮かれて疲れさせてしまいましたね。ああ、あそこの茶店で一服しましょうか」
 人の波を掻き分け(押し退けとも言う)目当ての茶店の店先に腰掛けると、中から看板娘であろう活発そうな娘が注文を取りに来た。
 「あら、ご兄弟? 仲がよろしおすなぁ」
 「そっそんな……」
 「そう見えます? 嬉しいなぁ。私達年が離れているんでよく『親子』って言われるんですよ。私そんなに年じゃないんですけどねぇ」
 慌てて首を横に振ろうとした市村の口を片手で塞いで斉藤は言葉を継いだ。
 「いややわ兄さん、まだ十分お若いのに」
 「ありがとう御座います。あ、お団子とお茶二人分もらえますか?」
 「おおきに。ゆっくりしたってってや」
 娘の言葉に気を良くした斉藤は二人分の注文をすると顔を真っ赤にしていた市村を解放した。
 「急に何をなさるんですか……死ぬかと思いましたよ」
 「いやぁ、だって君あのままだったら私の名前呼んでたでしょう?」
 「あ……迂闊でした。すみません」
 「謝って欲しかったんでも畏まって欲しかったんでもないんです。それに私達『仲良し兄弟』でしょう?」
 ね? と微笑う斉藤に市村も笑みを返す。
 「はい、兄様」
 「可愛え弟さんやなぁ。はい、お待ちどう」
 娘が二人分の茶と団子を差し出してにっこり笑う。
 「あ、お土産で一人分包んでもらえますか?」
 「おおきに。優しいお兄ちゃんでよかったねぇ、ぼん」
 ふわりと頭を撫でられて市村は頬を赤く染めた。
 「あ、あの」
 「君の分ですよ。甘いもの、お好きでしょう?」
 「はい。ですがお付き合い下さった上にお土産まで頂くわけには……」
 「私の気持ちです。他の人とじゃこんなにゆっくり暇を過ごすことも出来ませんし。私も君に付き合ってもらって嬉しかったんです。その感謝の気持ち、受け取ってはもらえませんかね?」
 のんびりと茶を啜りながら駄目ですか、と問う斉藤に市村は満面の笑みで返した。
 「ありがとう御座います、兄様」
 「いえいえ、可愛い弟の笑顔が見られるのなら兄は努力を惜しまないものなんですよ。あ、そうだ兄弟の振りしたって言うのはあの人には内緒にしましょうね。笑われてしまいますから」
 斉藤の指すあの人に思い至った市村はくすりと笑って応じた。
 「二人だけの秘密ですね」
 「ええ。秘密って、良い響きですね」
 特に君とのはね、と斉藤は思ったが口には出さなかった。
 隣で団子に舌鼓を打っている市村を盗み見て密かに思う。
 (本当に、楽しかったんですよ)
 陽が落ちる前に屯所に帰らないと何を言われるか分かったもんじゃないな、と思いながらも
 (まぁ、自業自得ってやつですよ、土方さん)
 屯所までまた手を繋いで帰ろうと決意した斉藤だった。




後書きと言う名の言い訳
と言う事で斉藤さん登場です。斎藤でなく斉藤なのは手書きの際に書き辛いから、と言う理由の他にPEACEMAKERでも簡単な方だから、という言い訳があります。
まぁ壬生狼では斉藤さんで通したいと思いますのでよろしく。

さて、これも『甘味デート』という友人の言葉をイメージして書いたのですが……甘味にはなりませんでした。まぁデートにはなっていそうな雰囲気ですが。
このシリーズ時間軸がばらばらなんですよね。最終話前には整理したいと思いますが、反面、最終話を書かなければいつまでも書ける、というのがコレのいいところでもありまして。
まぁ、そのうち。

それにしても掴めない人ですね、斉藤さん。そのうちにリベンジを果たしたいと思います。

20021019
再アップ20080207