街行き・夜
 「市村……じゃあれだな。よし、お前これから暫く『お市』でいろ。分かったな」
 「……はい。では先生のことはなんとお呼びすれば?」
 「そうだな……ああ、旦那様と呼べ」
 「旦那様……ですか?」
 「そうだ。ほら、行くぞ」
 「……分かりました、旦那様」
 

 沖田と山崎を凍らせた土方は上機嫌で京の街を歩いていた。
 流石に隣を歩かせるのは酷だろうと思い、初めのうちは市村と離れて歩いていたのだが、その市村がやけに浪士やごろつきどもに絡まれるのでいつでも抱き寄せられる距離で二人歩くことに決めたのだ。
 女から秋波を送られることには慣れている土方だったが、男からこうもあからさまに嫉妬の目を向けられることは少ないので、普段ならば煩わしいだけのそれが却って土方を喜ばせていたのだった。
 それにもう買い物時が済んだこの時分に男女が寄り添って店の閉まりかけた往来を歩くというのも珍しい。
 物珍しさと二人の類稀な容姿が人目を惹きつけているのだった。
 「一体何処まで行かれるのですか?」
 「そうカリカリするな。折角の美人が台無しだぞ、お市」
 眦を吊り上げてきっと睨みつけても、土方は唇の端を楽しそうに歪めるだけ。
 意地になった市村はある悪戯を思い付いた。
 「旦那様の所為で御座いましょう?」
 開き直り、上目遣いで土方を見、艶然とした笑みを浮かべて市村は囁いた。
 紅を刷いた唇は薄く開かれ、闇色の目には目を見開いた土方だけが映し出される。
 ほんのり紅潮した頬に土方の手が触れようとしたとき、市村はその身をぱっと翻した。
 「早く帰らないと夕餉の時間に遅れてしまいますよ」
 くすくすと笑みながら零れる声は平生の市村のそれ。
 声変わりを迎えていない、やや高めの柔らかな声。
 ふわりと舞った空蝉の袖が土方の目に焼きつく。
 思わず手を伸ばして腕の中に捕らえていた。
 「先……生……?」
 「夕餉など構わん」
 戸惑いを隠せない市村の方に顔を埋め、土方は一言だけその耳元に呟きを零す。
 「お前が欲しい」
 「こんな往来で何してるんですか」
 いきなり背後から声をかけられても驚きを表さなかったのは流石土方と言えよう。
 声の主を振り返り、土方は眉を顰めた。
 「お前こそ何してやがるんだ、藤堂」
 「俺は修理に出してた刀を取りに行ってたんですよ。へぇ……どっかのお嬢さんですか?」
 土方は市村の顔を白粉が付くのも構わずに自分の胸に押し付けて藤堂から隠す。
 「てめぇに教える義理はねぇ。もうそろそろ夕餉の時間だろうが。さっさと屯所に戻りやがれ」
 「あ、もしかしてこれからお楽しみってやつですか? まったく色男の副長殿はあの可愛い小姓君になんて嘘を言って出てきたんだか……」
 「いい加減に黙りやがれ。もう行くぞ」
 長々と話し出しそうな藤堂を無視して土方は踵を返した。勿論しっかりと市村の肩を抱いて。
 「昼には帰る」
 ついてくるなよ、と言外に匂わせ藤堂を一睨みして二人の姿は何処へともなく京の闇に溶けていった。
 「あのお嬢さん……小姓君に似てたような」
 ま、んな訳ないか、と大して気にもせず藤堂は土方に言われたとおり真っすぐに屯所に引き返した。



 「それ本当なんですか! ねぇってば、藤堂さん!!」
 「どうしましょう沖田先生!!」
 因みに沖田と山崎が溶けたのは藤堂のこの話のお蔭であったそうな。


 次の日。
 一緒に帰ってきた市村を誰にも見せず、私室で看病する傍ら黙々と仕事をこなしていた土方が使った言い訳は
 「小姓ってのは主人の傍らに控えているもんだろ?」
 という凡そ説得力のないものだったとか。




後書きと言う名の言い訳
ついに書いてしまいました、と言うか書くつもりはなかったのにここまで書いてしまいました。
初・隠し壬生狼ですね。まぁどっこにもそんな描写はありませんが。とりあえず堂々とおいてある方は「ほのぼの」路線ですんで。それにまだ藤堂さん出て来てないし! お邪魔虫だし!
にしても市村君は罪な男ですね。あの笑顔で何人落としたんだか……。因みに本編に登場する藤堂さんは市村君には冷たいのですけれども、それは恥ずかしくて素直になれないから、と言う面白おかしい設定が付いております。
いやぁ、キングオブヘタレは土方さんではなく藤堂さんだったんですね。
と言う事で次回は誰が出てくるんでしょうか……山南さん辺りでしょうか……てーか局長はいつになったら本当に登場するんでしょうか……。

20021019
再アップ20080207