背陽
 「それ俺が飲んでも支障はないよね?」
 いつものように土方に茶を出そうと盆に湯呑みと急須を乗せ、厨から少し歩いたところで藤堂にそう言われ、何だかんだのうちに捉まってしまったのがもう半刻も前のこと。
 もう一度淹れ直せば良いだけのこと、と思い藤堂に湯呑みを差し出し踵を返そうと時に
 「君がいなくなったらこの湯呑みはどうするの?」
 と言われ、まぁ茶を飲むのにそんなに時間がかかるはずもないだろうと、藤堂から少し離れたところにちょこんと座り彼が茶を飲み終えるのを待っていた市村だったのだが……。
 (もう半刻ぐらい経ったかな)
 からかってやろうと思って呼び止めただけなのだが、思いの外会話せずに二人でのんびりとすることが楽しかった為、藤堂は何かとつけて市村を傍らから去らせないようにしていたが、そろそろ彼ではなく彼の主の機嫌が急降下し始める頃だと思い、解放してやることにした。
 「はい、ご馳走様」
 とうに空になっていた湯呑みを差し出すと、市村はそれを両手で受け取り
 「お粗末さまでした」
 と軽く頭を下げ、盆に乗せるとその場を辞そうとした。
 市村が藤堂に会釈をした瞬間、その細い手首を掴んで引き寄せていた。
 「ねぇ、小姓って主人のどこからどこまでを手伝うわけ?」
 「何を……仰っている意味が解りません」
 身を捩りながら問う市村に薄く笑い、小柄な身体を腕の中に収めて目を真っすぐに見つめ、口にする。
 「事務処理の他に身体の処理も手伝うの?」
 「なっ……」
 顔を真っ赤に染め、それでも目を背けずその目の光を強くして市村は言った。
 「離して下さい」
 「……嫌だと言ったら?」
 深い闇色の目に、もう少しだけ自分の姿だけを映して欲しくて。
 「藤堂先生は本当に人が嫌だと言う事は強要なさらないでしょう?」
 「まぁね。……行きなよ」
 ふわりと邪気の無い笑みを返され、心の内で溜め息を零した藤堂は市村を解放した。
 離れていく足音を追いかけることはしないで、未だ手と腕に残る感触に口元を歪ませる。
 (何を望んでるんだか)
 足音が再びここを通る前に姿を消そう、と藤堂は立ち上がり大きく伸びをした。
 久方ぶりに顔を覗かせた太陽に苦笑をし、振り切るように踵を返した。




後書きと言う名の言い訳
久しぶりに壬生狼を書いた(打ち込んだ)気がします。
藤堂さんファンの方、申し訳ありません。壬生狼異聞の藤堂は「気になる子をつい苛めたくなるタイプ」の人間です。……あまりに愛が伝わらない文章だと打ち込んでいて再確認しました。この次こそは皆様に藤堂さんにどれだけ愛を込めているかと言う事を分かって貰えるような物を書きたいです。

次は……局長を予定しております。山南さんまで書き終えたら沖田さん出ずっぱりを書こうかと。まぁ、気長にお待ち下さい。では。

20021025 
再アップ20080207