白玉 |
「君に隊服と差料を与えたいと思うのだが……」 「私に、ですか?」 土方が単身江戸に戻った或る日の事。 市村は近藤に呼び出されそう言われた。 「歳が君には人を斬らせたくない、というので今まで切り出せなかったんだが、君の意見はどうだね?」 穏やかに微笑んで近藤は市村に問う。 目を伏せ、正座をした膝の上で両の拳を握り、それを震わせている少年を見、 (この子の手を血で染めたくない、と言うのも分からないでもないな) 艶めかしさまで感じさせる白く細い指に視線を走らせ、内心溜め息をついた。 「私は……」 ゆるりと顔を上げ、瞬くと右目から一筋涙が零れ落ちた。 見る間に両目からはらはらと零れるそれに驚いたのは近藤だった。 「市村君、俺はそんなに辛い選択を強いたか!」 やってしまったか、とばかりに己の頭を叩き、慌てて手巾を差し出され驚いたのは市村だった。 「え?」 「泣くほどに選び難かったのだな。本当にすまん。先程の俺の言葉は忘れてくれ」 「泣く? 私が?」 目元に手をやれば指先が確かに濡れ、頬を辿れば確かにそこを伝っていった跡まである。 腫れるのにも構わず乱暴に手で擦ると市村は微笑を浮かべた。 「取り乱してしまってすみませんでした。でも近藤先生」 ぺこりと頭を下げ、真っすぐに近藤を見つめるその目の真摯さに打たれ、黙して先を促した。 「辛かったのではなく、嬉しかったのです。両先生のお気持ちが。本当に嬉しくて、つい涙など零してしまいました。すみません」 「謝る必要はない。が、嬉しかったと君は言うのかね」 「はい。剣術はあまり得手でない私に差料を、戦力として私を見て下さった近藤先生のお気持ちと、私の手を、否、私を案じて下さっている土方先生のお気持ちが、とても……。私には勿体無くて」 告げる言葉と共に再び溢れ出した涙を今度は拭わずに、市村は頭を下げた。 「私は隊士失格かもしれません。ですが土方先生の意に背いて刀を握ることも出来ません」 言い終えても市村は頭を上げようとはしなかった。 近藤も無理に頭を上げるよう言いはしなかった。 少し張り詰めた、静かな時が流れる。 が、それもあまりに長くては少々心地悪くなるものだ。一向に頭を上げようとはしない市村に何か言葉をかけようとしたとき、騒々しい足音と共に戸ががらりと何の断りもなく開かれた。 「近藤さん! 市村君を知りませんか!」 「総司、お前はどうしてこう……。市村君、頭を上げなさい。君がそれを選んでも私は君を除隊させるようなことはしないし、歳も喜ぶだろう。君が選んだのなら一向に構いはしないさ」 溜め息を一つつき、急に頭痛の始まった頭を押さえて市村を促す。 言葉に従ってすっと頭を上げた市村の顔を見、近藤を睨んで沖田は言った。 「土方さんに言いつけちゃいますよ」 「そ、それだけは勘弁してくれないか総司」 それを避けたくてわざわざ土方のいない日を狙って話を切り出した意味がなくなってしまう。 市村に刀を握らせようとしたなどと土方に知れたらどんな目に遭うことか。 「口止め料が要りますね。私は高いですよ?」 「……どうせ菓子だろう。これから付き合ってやるから歳には絶対に漏らすなよ。ああ、市村君。君も来なさい」 早く早く、と沖田に急かされ立ち上がる近藤が市村に手を差し出す。 「そうですよ。そもそも私は市村君を誘う為に捜してたんですから」 「じゃあ俺は要らんじゃないか」 「お財布がないと何も食べられないし何も出来ないんですもん。さ、懐の心配はありません。行きましょう」 沖田にも手を伸ばされ、漸く市村は立ち上がった。 「ありがとうございます」 たくさんの思いを込めた言葉は二人にちゃんと伝わったようで。 優しい、温かな笑みが返された。 丁度同じ頃。 江戸にいた土方は原因不明のくしゃみに悩まされていたという。 |
後書きと言う名の言い訳 |
本当に久しぶりの壬生狼でノリを忘れていました。途中まで書いていて、何かが足りなかったことに気付き、それが「笑い担当」だと言う……なんか情けない話。 いやぁ、やっと近藤さんが出せました。後は山南さんだけですよね。……芹沢さんは出てきません。伊東さんは出す予定はあるのですがファンの方にとってはあまりありがたくない方向へ転がりそうな予感が致します。 それにしても大学で打ち込み……ドキドキですよね。ある意味スリリング。願わくは後ろから誰も画面を覗いていませんように。 と言う事でうちの市村は刀を握らないことになりました。新撰組隊士なのにね。まぁ、市村は一種の聖域とでも言いましょうか。まだ汚れとかを感じさせない無垢な存在であって欲しいという大人達の勝手な思いですけど。 それにしても沖田さん、黒いですね。笑い担当でブラック担当。いやぁ素敵。大好きですよ。 次の話には土方さんが帰ってくる予定です。あまり期待しないでお待ち下さい。 20021029 再アップ20080207 |