希求
 酒の席はどうにも苦手で縁側に一人座っていると、背後の騒々しさが嘘のように思えた。
 味も素っ気もない屯所の庭でも、目を凝らせばそれなりに見えるものがあることに気付いた沖田は、ただ静かに夜の闇に溶け込んでいた。
 密かに何処かから香る梔子の香にふと思う。
 (貴方が幸せなら私も幸せです)
 だんだらの羽織を纏わずに歩いた京の街で娘達が花の前で嬉しそうに話していたのを聞いたような気がした。
 花言葉なのだろう、と思う。そんなものは人を切ることでしか存在意義を見出せない自分には無関係なことなのだと思っていた。
 花を見て誰かを想うことも、花が咲いたと喜ぶことも。
 (まるであの子みたいだな)
 兄のように慕う人が自分と『目が似ている』という理由で入隊を許可した少年。
 それを聞いて恐る恐る顔を見たとき、全然違うと安心したことを覚えている。
 (私はあんなに真っすぐじゃない)
 人に裏切られることがあることも、人を疑う人間がいることも知っているはずなのに、それでも人を信じることが出来る目。
 強いのだと。刀など持たずとも十分に彼は強いのだと思った。
 だからこそあの人は彼を自分の傍らにおいているのだろうと、そう素直に思えた。
 「こほっ、げほっ」
 突然呼吸が苦しくなることが増えつつある。
 口の中に微かに広がる鉄の味。
 心の広がる暗い雲。
 薬を嫌って飲む振りだけをしているから効果があるはずもない。薬だって安くないと知っているけれども、それでも嫌いなものは嫌いなのだ。
 (努力をしない人間は神頼みをしてはいけないかな)
 あの目を曇らせたくはないのだけれど。
 それでも薬は嫌いだから。
 (何だったかな……希う、だったかな)
 請い願うだったかもしれないけれど。
 強い祈りをそう呼んだ気がした。
 (この手で掴めないものに頼っても仕方ないけれど)
 それでも。
 「沖田先生、お風邪を召されますよ」
 「……」
 「さぁ、部屋に戻りましょう?」
 お仕着せでなく。
 心からの言葉だと分かる温もりが声にも自分を映す双眸にも溢れていて。
 「ありがとう」


   君がいてくれて。君に逢えて。
 本当に、良かったと。
 存在などしやしない神に感謝を捧げられるほどに。




後書きと言う名の言い訳
……またしても土方さんは出てきていません。
そしてこともあろうに沖田さんの独走状態です。……暗い話です。切ない系を目指して書いてみましたが……暗い系決定?

これ以後沖田さんと市村の関係が微妙に変わっていく予定なのです。
沖田さんの言葉にしないけれどたくさんの思いをどうか、伝えきりたいなぁと思います。

……次は、次こそは山南さんです。期待せずにお待ち下さい(笑)。

20021206 
再アップ20080207