BACKSTAGE PASS


 「That’s just like an ONE NIGHT STAND.(まるで一夜限りの情事の相手みたいに)」


 最近のお前は妙に、そして無意味にテンションが高い、と銭村君にえらく迷惑そうに言われた。何でも僕が上機嫌のときはそれに正比例して面倒(主に精神面での疲労のことらしい)が増えるとのことだ。他人事みたいに言ってるのは勿論僕が『それ』を全く以て『面倒』だと認識していないからで、つまりは僕は何の面倒も負っていないことになる。ということは結局、何の面倒も起きていないってこと。
 何でそんなに理解不可能な公式があんたの頭の中だけで出来上がってるのに、俺たちに理解可能なものに翻訳しないのかって月島君に言われるけど、僕の頭の中では理路整然とこれ以上にはないってくらいきれいに繋がってるから、やっぱりここにも問題は、オールブルー、オールオッケー、ボンボヤッジぐらい存在しない。
 因みに『銭村君』というのは僕のバンドのメンバーの一人で、フルネームが銭村真海君(本物の海だよ。真実の海)といって、かけがえのない人間のうちの一人なのだけれど、どうにも僕の愛情表現は伝わり難いのか親友になりきれていない(現在友人以上親友未満みたいな)のが現状。
 さらに『月島君』という人は颯、というのが名前なんだけど(颯爽の颯。なんかこうやって言うと爽やかの爽と勘違いされる)僕にとってはバンドのメンバーのうちの一人ではあるけれども、最高のライバルに成長しそうな人でもある。
 実は彼とは軽々しく口に出来ない事情ってやつが色々とあって、今はひとつ屋根の下で(最近は銭村君も出費の無駄に気付いたのか、町田のマンションを売り払ったから三人一緒に)暮らしている。にも拘らず、彼は僕に対して非常に冷たい。一緒に住んでれば犬とか猫だって情は湧くもんだって誰かが(確か白井君)が言っていたのに。
 そうそう、この前も頭から水をざばあっとかけられた。
 「それは三輪さんが頭の中身を日本はおろか太陽圏外までふっ飛ばしてたから、親切心で呼び戻してあげたんですよ。嗚呼、いつの間にかこんなにも俺は人間が出来ていたんですね。実家から誘拐同然に自分を連れ去った相手にも真心で接することが出来るようになるなんて。人間が成長することの生き証人ですね、俺ね」
 「……月島君、今、俺の頭の中覗いた?」
 「いいえ。顔見ただけですよ。全部極太マジックで書いてありますから」
 「ああそう。それ油性じゃないよね?」
 「ちなみに白井さんは本日帰国ですから。まだここに来てないですよ」
 「……重ね重ねどうもありがとう。俺、嬉しすぎてテンション大幅ダウンかも」
 「それ本当だったら奈落のそこまでダウンしていいからな」
 いつの間にか俺の背後を取っていた銭村君がコードレスホンを突き出してくる。
 月島君と相互理解の為の会話交わしてたら電話(ちなみに呼び出し音は黒電話仕様。これが一番ドキドキするよね? いかにも貴方を呼び出してますって感じがして)が鳴ったのにも気付かなかった。
 (俺、超天才アーティストなのに……ショック!!)
 うにゃーってフローリングに寝そべってから、電話代のこともちょっとだけ考慮して(ここら辺トップアーティストっぽくないけど財布の紐を握ってるのは銭村君だから。僕も放っておいても電話代が掛かるって学習したから! ……相手だったんだけど! かけてる人が持つものだっていうのをこの間請求の明細を見て初めて知ったんだけど! いっぱいかかってきてるのに桁が違う気がしたから!!)すぐにショックから立ち直って耳元に近づけると、どう考えても日本の雑踏の音が聞こえてきた。
 「尚尋から。土産は見た目ハンバーガーその実デザートだそうだ」
 「それこの間の渋谷特集でやってたやつでしょ。あの人どこの『海外』に行ったんですか」
 「奴のことだから成田まで帰ってきてから『土産』という物の存在を思い出したんだろう。で、物珍しい物で誤魔化そうとした結果」
 「でしょうね」
 いや別に俺はお土産に対して大きなウェイト置いてない(スタインウェイとかローランドとかだったら何にも言わないでありがたく貰う。グランドピアノは銭村君が怒るから諦めるけど一つはあってもいいと思う)からどうでもいいんだけど、なんて思いながら
 「白井君、今どこ?」
 『現在進行形で言うなら明大前で京王線のホームに向かってる途中。これから特急乗って急行に乗り換えっから小一時間もあればそっちに着くと思うんだけど』
 「だけど?」
 『俺より先にね、そっちに着くもののことをね』
 「君より先?」
 何のことだかさっぱり分からなくて思わず子機(実はさっきの続きなんだけど、黒電話もここにはしっかり電話線が繋がってる状態であるかのように鎮座してるんだけど、それはフェイク。というか置物? 家具? なんかそんなような感じの横文字のあれ。で、こっちのファックスも着いてるほうが本命)を放り出して考えようかと思った時には既に僕の手の中からそれは消えていた。
 なんて言うと大袈裟だけど、つまり
 「ふざけるなっ!! お前これ以上この中に太鼓持ち込んでみろ、床が抜けて自動的にこの家が吹き抜けになるぞ。いいな、お前の玩具はお前の自宅に送れ。何度言えば分かるんだこの大馬鹿が!!」
 銭村君の手中にあって、彼が通話を終えてしまったので、僕は空っぽの片手で(電話持ってた方)で銭村君においでおいでしながらとりあえず言ってみることにした。
 「銭村君、世間様では『馬鹿は死んでも治らない』なんて言うらしいよ」
 「あんたねぇ、その言葉の意味を深く吟味したことある?」
 「うわぁ。勇者アスマは悪の帝王ゼー・ニムラーの『コールドアイロニー』を喰らって倒れた」
 大袈裟に、再び床に転がってふるふると手を天井に向けて意味も無く伸ばす。
 「無駄に使う体力があるなら一曲でも多くアレンジ詰めなさいよ。大体お前このくそ忙しい時に遊ぶ時間があるのか? レコーディング前に死ぬなよ」
 「どうして俺に愛の籠もった言葉をかけてくれる優しい友人が今ここにいないのかなぁ。嗚呼、あと一時間なんて……一時間なんて長いっ! 長過ぎるよ白井君!」
 と叫んで泣き崩れたら
 「『優しい』って言葉の定義って難しいですよね」
 「基本的には相手の自立を阻害するようなのとかか。あとは……無関心なのもある意味優しさだろ。俺らのは三輪の遅れて、と言うよりも完全に止まる一歩手前の自主性だとか自立心の成長を促してやってる優しさだよな」
 「ああ、でも優しさって伝わりにくいですよね。俺なんて心の奥底からの言葉に知らず知らずのうちに細かい棘が無数に突き刺さってたり、届く前に液体窒素で冷たくなってたりするんですよ」
 「そうだな。難しいな、誤解無く相手に真心を伝えるのって。つーことで三輪、尚尋の太鼓をこの手で受け取らない為に外食するぞ」
 一体、今の会話のうちにどこをどう移動して持ってきたんだか分からないけれど、二階の僕の部屋にあったはずの防寒具一式。銭村君が何故だかしっかりと掴んでいて。……簡単に言うなら頭上にコートと手袋、マフラーが降ってきた。
 「銭村君っ!! 俺」
 「暖房切るぞ。節電な。フローリングの部屋は冷えるからそれは防寒対策必需品一式」
 「あんた自体が楽器なんだからレコーディング前に壊れないで下さいね」
 「ひっ酷いよ二人とも。そんなに俺のこと嫌いなの? 俺、溢れ出す人類愛塞き止めないで全部君らに捧げてるのに?」
 「……そこまでマジに取るか? つーかお前極度の寒がりだろうが」
 「外は木枯らしの大群ですからね。俺も気合入れていかないと本格的に倒れますから。ほら、さっさと用意して下さいよ。ここもすぐに冷えますよ」
 「……俺、ちょっと感動し過ぎて涙出るかも」
 実際、鼻がぐずぐずしてきたし。
 「すぐ止まるぜ。なんせ一番儲けてる人間が奢るのが世の中の常識」
 「あ、ほんとだ止まった」
 「どこに行きます? 俺、今あんまり重いもの胃が受け付けてくれないんですけど」
 「また体調崩してるの? 来週からレコーディングの決定予定があるんだけど治すよね。治んなかったら俺呪っちゃうよ?」
 「何ですかその『決定予定』って。それに『治すよね』って。ていうか来週って何考えてるんですか? もう頭とろけましたか?」
 「全然壊れてないよ。ああ、でね決定予定はもう決定してるから絶対に動かさない予定のこと。治すよねってのは俺の場合君がいないと大幅に作業が遅れるから死ぬ気で体調を元に戻さないと本当に死ぬまでこき使うよって」
 なかなか上手く嵌まらない手袋と格闘しながら、じゅうたん代わりになってるスコアで足を滑らせないように(これで一回物壊した前科がある)立ち上がってコートの袖に手を……通せない。
 「お前の場合そもそもの順番がおかしい」
 車の鍵(勿論カマロでなし。楽器も載せるからってタウンエース)指先に引っ掛けた銭村君にコートと手袋剥がされて、再びコートの中に押し込まれる。次にマフラーを巻きつけられて玄関に引っ張り出された。
 お母さん発動だ、なんて白井君は言うんだけど実際問題として俺は『お母さん』という種類の人間と触れ合った記憶が乏しいので今ひとつ理解しかねる。
 同時に『お父さん』という種類の人間ともあまり触れ合った記憶が無いし、もっと言うなら『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』といった人たちも理解の範疇の中に存在しない。
 「手袋は靴履いてからにしろよ。月島、鍵は」
 「全部確認してきましたよ……まだ終わってないんですか?」
 二階(家は一戸建て。三階建てで完全防音地下室付き)から月島君が防寒対策完全仕様(僕のしようとしている格好と一緒)で降りてきた。
 「お前さんの身体の部分で手が比較的大きなウェイトを占めるのは分かるがな、他のところにも気を遣え」
 靴を履くのにもこれまた四苦八苦(白井君は僕を生活能力皆無者と呼ぶ)していると、靴べら(僕にとっては文明の利器っぽい)で頭を軽くはたかれた。
 この間まで使っていたのと色とか形や材質が若干違っているような気がするのは、そういえば気のせいじゃなかった。
 靴と自分の足との間に入れるこれを、間違えて靴の踵で踏み抜いたらべきゃんと悲しげな悲鳴を上げて何代目だったかの靴べらは昇天した。
 あの時は確か銭村君に本気でサイドジッパーつきの靴を買うように勧められた気がする。それかスリッポン一筋になれって言われたかもしれない。
 忘れるくらい何回も繰り返したやり取りだから、多分両方正解で間違ってない。でもまだ答えのピースが全部揃ってない。果たしてこの靴べらさんは何代目金田一だったか。
 「余計なこと考えてないでさっさと履きなさい」
 「銭村君、何代目だっけ」
 「孫でもなけりゃ玄孫でもないだろ。あんた専用のなんだから覚えておきなさいよ」
 じっちゃんの名にかけての人も三代目とかになってるんだから三代目の三代目(仮)と呼んでおくことにしよう。帰ってきたら白井君がその省略形(つまりタレントの名前)を教えてくれるだろうから。
 三代目の三代目(作った人も僕と同様靴を履くのが苦手だったに違いない)を使って、漸く靴に足を突っ込んで立ち上がると、再び銭村君の手が伸びてきて、あっという間に僕の両手に手袋が装着された。
 いつも思うんだけど、銭村君って魔法使いっぽい。何でこうさくさくと生きれるんだろう。僕は生きるのに使うエネルギーとか能力とか全部音楽につぎ込んでるから、他のにはあんまり回す分が無い。僕は別に困ってはいないのだけれど、その分銭村君は余剰エネルギーを持っているのかもしれない。そうか、今度のアルバムは魔法が使えなくなるくらいまで追い詰められてもらおう。ああ、あそこの音にもう四つくらい足さなきゃ。
 ぽへーっと頭の中でスコアを呼び起こしていたらニットの帽子を頭に乗せられた。三分の一くらい見えてた音が消えたから仕方なく後でもう一回考えることにする。ぱっと閃いて流れて消えていってしまったものよりも悩んだ方の音を気に入ってしまうのは僕が自分の才能の本当の価値を知ってるからだ。
 「大通りのオーガニックレストランな」
 既に行き先は銭村君の頭の中で決定(これは彼の頭の中でだけ処理されてるのに誰も文句は言わない。どうしてだろう)されてたみたいで、確認だけ取るみたいに僕らに言う。勿論異論は無い。車のハンドルを握るのは彼だから。僕はそれ以外のところでだけ操縦すれば良い。
 「こんな日常ですら僕らの音楽の糧だよねぇ」
 なに馬鹿言ってるの? って感じで月島君が僕を見てた。
 ちなみに僕は静電気というものに非常に敵対心を抱いているのでドアを開けることは滅多に無い。一人で外出したときはまずチャイムを鳴らす。誰もいなかったらそのときに初めてキーホルダーにぶら下がっている静電気除去装置みたいなのを使う。あのびりびりは僕を損なうためのものとしか思えない。
 だからドアは月島君が開けていた。冷たい空気は温かいところに流れ込む、の原理で冬の風がゆるりと入り込んでくる。お邪魔しますくらい言えたらお茶でも出すのに(銭村君が)
 「とりあえずあんたは音楽の糧だ何だと言う前に自分の糧を摂取することを忘れないでくれる?」
 「オーガニックって何だっけ?」
 「身体に良さそう、の標語でしょ」
 「感じ身体に優しい系?」
 「懐には痛い系」
 エアコンの風が喉に直撃しない運転席の後ろに座って、シートベルトをがちゃりとしめる。しめたのは月島君で俺はしめてもらったが正しい日本語のあり方だ。
 (冷たい冬の風が僕の頬を撫でていく、穢れを清めるみたいに。行き場所を失くした真昼の月、放された手の持ち主を探して)
 消えた音の代わりに並べられる言葉。これは何かのフレーズに使えるよなぁって感じる今日この頃。
 僕はとてもこの日常を愛している自分に気が付いた。








後書きと言う名の言い訳
その昔、友人にアップしてもらっていたものだったので手元に完成したファイルがなかったと言う笑い話。
今は手元に全てあるので書き直しも自由自在。
しかし訂正する箇所が時事的なところではなくカッコ内だというのだからどうしたものかと迷い、まぁ良いかと開き直って手を加えてみました。
元の話を知っている人がいたら、ああまた三輪が壊れていると笑ってやると良いと思います。

そういえばこの話は、BLじゃないのです。だってどこにもボーイはいないので。
オリジナルのBL学園ものか人外の物が出てくる、のいずれかしか書けた記憶がありません。
主人公達の平均年齢、25歳……良いのか、これで。
とりあえず「音楽馬鹿小説」というカテゴリに属させることにしました。
基本的に一話読みきり。どこから読んでも音楽馬鹿しかいません。
人間的にどうなのよ? な馬鹿もいるんですけど。

別名を管理人実話シリーズとも言います。
話中に実際に経験したことが入っています。さてどこでしょう、と。
これもお楽しみの一つですね。多分。

20030314 
改稿 20051115