Hot Milk 「銭村君、ホットミルクって泡立つのかな」 「は? エスプレッソの上に乗ってるやつは泡立ててあるけど?」 「え? じゃあもしかして特別な機械とかないと出来ない? うわ、僕凄いよ。レンジにかけるだけで泡立ちミルク……」 「それは煮えくり返ってるって言うんだ馬鹿! ……うーわ最悪だわコレ」 「お湯沸いて……ないですね」 一日の九割をキーボードと睨めっこしてたら誰だって気分転換ぐらいしたくなると思う。俺のこの欲求はごく普通のものだと俺は断言出来る。たとえ空から槍が降ってくるっていうのを親に言われても納得しないだろう人間でも一日中ずっと同じ作業を繰り返してたら飽きるとまではいかなくても気分転換したくなるのは至極当然だと言うに決まってると思う。ていうか体験してみろこの野郎! と無意味に叫びたくもなる。 (……結局俺疲れてるんじゃないか?) だから要するに俺は気分転換をしたくなってキッチンまで降りてきたら中が真っ白の液体(さっきの会話から推測するに温め過ぎた牛乳。というか沸騰石の必要性を物凄く感じる、ある種の実験もどきが日常生活の中で行われた結果保護者に怒られた小学生の再現VTR。教育テレビの人間は絶対にこう言う『良い子は真似しないで下さいね』過熱の危険性を知らずに育ったというかそこいら辺が欠如している人にはどちらも無用というか通じない。幸か不幸か俺が知ったことでもない)で中を満たされてるレンジの前で頭を抱えてる銭村さんと、その脇からこっそりレンジに向かって手を伸ばしてる三輪さんがいた。 「それ開けたら確実に銭村さんの頭牛乳塗れ、てか火傷しますよ」 俺の声にびくりと跳ね上がりはするが、未だに興味の対象らしい電子レンジに食いついて離れない。痛い目に遭わないと分からないほど愚かでもないのに、それほど興味を引かれるものだろうか。自然と噴き零れる牛乳。 面白いというか更に危険なのは、あれに刺激を与えると更に暴発を繰り返すという点だ。スプーンでも突っ込んでみれば馬鹿みたいに爆発する。それこそ中身がなくなるまで。 「頼むから調理器具とキッチンにある家電には指一本たりと手触れてくれるな。……そこの台拭き取ってくれる?」 物凄く嫌そうな顔でレンジから三輪さん引き剥がした銭村さんに台拭きを手渡して俺は回れ右をした。……気分転換ってか余計に疲れた。この家で生活をしている限りよくあることではあるけれど。 「あれ? 今度は俺が触ってないのに膨れてるよ!」 「だー! ちょい待ち明日真!」 暫くしてキッチンに行ったら、今度もまたレンジの前で何かやってるっぽかった。 今日はハズレが多い。俺はただ気分転換に紅茶でも飲みたいと思っているだけだ。これは気分転換をするなという神のお告げ(信じていないものに責任を擦り付けたくなるのが人間の悲しい性というやつだ。言っていて反吐が出るが)なのか。 それとも三輪さんを見張っていろというどこかから流れてきた電波なのか。受信装置は俺には付いていないはずだ。 「これは膨れるもんなの! てか膨らまないと食えないの!」 流しには卵の殻二つと菜ばし。ゴミ箱には 「もこもこって食いもん! あ、颯お前も食う?」 二人前のゴミ。白井さんの手には本来これを調理する際に使われるマグカップじゃなくてラーメン丼。 小さい子は大人の人と一緒に作りましょうなる文句は今すぐに替えたほうがいいと思う。滅多に料理をしない人はいつも料理をしている人と一緒に、に。 その方がこういった事態を引き起こす可能性は低くなると思う。間違いなく。 「……要りません」 「あそ。あ、明日真は?」 後もう一回は確実に今日中にレンジで何か起こるだろうけど、多分俺には、てか絶対俺には関係ないものであってほしいって思いながらやっぱり回れ右をした。 別名敵前逃亡とも言うし銭村さんに責任転嫁とも言う。俺は何も見なかったし、しなかった。俺の心の平穏のために。 (あー喉渇いた) 「……火?」 見慣れた箱の中で何かが燃え盛っている。この家にガスオーブンなんて更に危険度の高いものは無かったはず。そうじゃなくて。 とりあえず止めようと思ってレンジの扉を今度は躊躇い無く開けた。瞬間に広がるビニールの溶けた嫌な臭い。良く見てみたら中にはビニール袋(パンとか良く留めるのに使う金属付入り)のカレーパン。金属部分で火花が散ってそれが袋に燃え移ったっぽかった。 電子レンジというものを扱う際のごく一般的な使用方法を分かっていない人間の所業であることに間違いは無い。 猫を電子レンジで乾かす云々という話は作り物だったような気がしないでもないけれども、これは大衆が犯すミスの中に含まれているために日本の製品の説明書にも記載がされているはずだ。 説明書を読まない人間は、確かにこの家に居住している。というかこの家の住人の三分の二がそれに当たる。 「あ! なんだやっぱり腹減ってたんじゃん。けどそれ俺のだよ……て痛っ! 何真海!」 「何じゃねぇよ。レンジに金属かけてどうすんだよてめぇは! お前もキッチンにある家電は触んな!」 「冷蔵庫はー?」 「開けたら閉めろ。……月島、俺やっぱりここに住むわ。こいつら二人いたら確実に今月中に家燃える」 「それは困るんで俺からも是非お願いします」 深く、それは深く心から思って俺はキッチンの惨状を改めて見た。 何て言うか……ゴミの山? 優しい言い方を探すとすれば、忙しさのあまりか手を省みる時間が無いために荒れてしまっても仕方の無いキッチン。大丈夫、お母さん今週末は休みだからそのときにいっぺんに片付けちゃうわよ、が未だ果たされぬ約束として幾星霜。もう諦めの境地に達してしまっている、それ。 端的に言ってしまえば、やはりゴミの山、だ。ベネチアングラスが何かに耐えかねて悲鳴を上げているかもしれない。上げ終えてもう声も出せない状態だろう、きっと。 …………すみません、としか言いようが無い。多分俺もこの状況の一端を担っていることに違いは無いから。 「って言うのが同居の始まりって悲しくならねぇか?」 「ですよね……」 思い出していたのは家電禁止令を出されたのにもかかわらず、懲りない三輪さんがレンジを使ってホットココアを作ろうとしていて、その結果として当然ココアレンジにしたからだった。 牛乳だけじゃなくて不純物のはずのココアの粉末が混ざっていても爆発するものは爆発することになんら変わりは無かった。一つ学んだ。俺は面倒でも鍋で作る、もしくは銭村さんに助力を請うという方向にシフトチェンジした。今まで爆発しなかったからといって今後もそうだとは限らないのがこの時勢だ。 そもそも生活能力皆無だった三輪さんに、音楽以外のことに全くといっても絶対に過言ではないと自信を持って断言できるくらい関心を払わない俺と、いつの間にか居ついていた白井さんの三人で暮らしてて、よくもまぁ半年も台所が台所としてその機能を果たしていたのは褒めてやるべきなんじゃないかと俺は思う。まぁ、それもたまに銭村さんが片していたから、なんだけど。 「何か、こう、最近俺はちゃんとミュージシャンなのか大いに悩むことがあるね」 頭痛ぇ、と言いながらもココアレンジを電子レンジに戻していく銭村さんに、俺は激しく同意したくなって……疲れるからやめた。 ―――ライブやるんだっけ? 再来月。 ちょっと不安にならないでもなかった。 |
後書きと言う名の言い訳 |
このシリーズ。別名を「どこまでが現実なのか」シリーズとも言います。 三輪の行動の一体どこからどこまでが私の経験なのでしょうか。……描写が妙にリアルなところは要チェキ。 まぁ三輪だけにあらずとも言いますが。 ちなみに「三輪みたいな」「三輪明日真じゃん」は褒め言葉ではありません。 これを某みきにいうと怒られます。全否定形です。 銭村をお母さんと呼びたくなります。 ……お母さんキャラは好きなのかもしれません。 20021229 改稿 20051115 |