ピアノソナタ第14番嬰ハ短調第一楽章


 「生きたいんだ。誰の為、ではなく自分自身の為に。俺が生きたって、確かに生きてたって証を歴史に刻みつけておきたいんだ。君たちがいれば出来るんだ。こんな風に同情で君たちを絡めとるのは卑怯なことだって知ってるんだ。でも、僕には時間が足りないんだよ。僕が一番悔しいんだよ。理不尽過ぎて涙だって出てきやしないよ。……こんなこと、言えないよね。だからさ、動けよ俺の身体。ちゃんと動けよ、弾けなくなったら意味ないんだよ、動かなくなったら意味ないんだよ、生きてる意味なんてどこにもありゃしないんだよ。悟られたら困るんだから。特に月島君になんかばれちゃったら大変なんだから。本当にやばいんだから。ねぇ、倒れたりなんかしたら殺されるよ、あの三人に。俺が引きずりこんでおいて俺が先にいなくなってどうすんのさ。まだやらなきゃいけないことがたくさんあり過ぎるんだよ……本当に」
 低く呟いた三輪さんの声に殺気めいたものを感じて、俺は聞き続ける気がなかったのにその場から動くことが出来なかった。
 超強力な電磁石。
 そんな性質の悪いものが、三輪さんの声から発生してる。
 目を見開いたまま、乾く眼球のケアのこととか、そういえば身体が弱いんだから冷たいフローリングの廊下に裸足で長時間立ってるっていうのは更にそれを悪化させるだけだとか、そんなの。
 俺の身体とあの人の身体と。
 常識的な範囲内で考えれば、俺の方が若いんだからあの人が先に死ぬのは分かりきってることで。
 ただ、それが何かを積み重ねる前の段階で起きるのと。
 積み重ねてる途中の段階で起きるのと。
 積み重ね終えてしまうことがあるとして、その段階で起きるのと。
 どれが一番ショックかって言ったら、どれだって大差ないんだけど。
 ……生きたいって。
 そんな、思うことは滅多になくて。
 祈ることも、この平和ボケした日本なんて社会じゃ滅多になくて。
 そんなに、切実に。
 聞いて呆然と立ち尽くすって、こんな状態のことを言うんだろうなって他人事みたいに感じてる俺は、きっと物凄く薄情者なんだろうなって思う。
 (でも、何か、そうなんだ)
 同じもの、同じ光、同じ音。
 求めてる、掴んでる、捕まえてる。
 その人が、いなくなるだなんて。
 現実として受け止めきれない告白をされたとき、よく吟味もしないで咄嗟に
 「嘘だろ?」
 って否定してしまうのと似てる。
 何も考えられず、その事象をあり得ないものとして否定だけしてしまうことと。
 だって、考えられない。
 連続起床30時間がもう休めって聴かせた良心から来る幻聴だったんだよなって。
 自分自身に対して嘘をついて、まやかしで納得させて、寝たかった。
 でも
 (二人に、言った方が良いか?)
 眠れそうになんて、無かった。







後書きと言う名の言い訳
 また面白いことにここの更新です。
 何か意味深な話になっておりますが。
 今日のゼミ中に何故か昔々(多分高校生の頃)のメモを見つけて。
 それにね、冒頭の三輪の独白がつらつらと書き連ねてあったので思わず形にしてしまいました。
 長かったなー日の目を見るまで(笑)

 20041118
再アップ20080207