NAKED SUN


 壊れないモノに価値なんて認めないから


 やらなきゃいけないことは山積みなのにやれることが何もなくていわゆる手持ち無沙汰というやつで、空いている両手が何か無性にカワイソウな気がしたから適当(まぁ俺が鍵盤弄りだしたら適当じゃ済まなくなってることの方が圧倒的に多くて結局のところ丸々一曲作曲をしてしまっていることの方が多いのだけれど、でも最初は軽い気持ちで弄りだすから遊びと仕事の合間にしかならない。つまりは全然気分転換にはなっていない)に弾いてみようと思った。
 冷たいビニール素材の床に直に転がしてブービートラップみたいにぴんと張ったキャラクターは付いていないけれど仕事道具にはならない結局のところ玩具のキーボードのコード、コンセントと本体にぶち込んでる先の限界を試してるつもりだったのに、俺が床に座り込んでAの音から二重螺旋描く昇れない階段みたいな変なもの(永遠上昇とも言う。永遠に上っていくこと、つまり終わりが無いから気づいた瞬間に自分が上なのか下なのか分からなくなって地獄に落ちるのを体験できるから、上がれない。おり続けられるはずが無いのに落ち続けていくバージョンもある)を作ってみようかと思ったところで断末魔の悲鳴さえ上げられないで物凄く無神経にコードが抜けた。
 本当に無神経極まりない。アダプタから繋がってる丸いコードの先は抜けて転がってるし、アダプタ自体もハリウッド映画でよくある断崖絶壁に手をかけていて持ちこたえきれずに落下してしまった俳優みたいな状態でほんの爪先だけを差込口に引っ掛けさせてしまっているから。
 何が無神経って、この状態を作り出した人間以外にありえない。
 背中丸めてシュローダーになってた俺が視線上げたら変な格好で転がってる原因、もとい三輪さんがいた。こういう事態を招かない為に俺はスタジオの本当に隅っことしか言えない、絶対に自信持って人の通り道じゃないって言える所で実験してたのに『普通の人間』の範疇にはどうしても納まってくれないこの男は何をどうしたらそうなるのかは分からないけれど、仕留め損ねたゴキブリが壁伝いにこの中を逃げてるみたいに移動していたんだろうと俺は推測した。
 推量だから確認。凄く下らない事かも知れないけど、もしこの人がそんな習性持ち合わせてるんなら知ろうとしなかった俺も悪いし、そもそもそんな奇妙な所にしか行動範囲広げない三輪さんも悪い。
 というか普通そんなこと確認しない。疲れるから。階段は諦めて供養ついでに電源を落としてやる。赤いランプは一足先に消えていたけれど。
 「ねぇ、そこで何してるの?」
 「何って、白井君と意見が合わないから500秒の休憩時間でどれだけのものを俺が白井君に求めてるのかを分かってもらう為に片隅で孤独を愛する人間のフリしようと思ってたんだけど俺はやっぱり音楽しか愛せないから孤独な人ヤメって思って、で、何かに引っかかって」
 おもちゃを挟んでシュローダーとスヌーピーみたいに言葉を交わす。その心は互いに互いを見ない。
 見なくたって分かってしまうことを同じ穴の狢と人は言う。銭村さんなんかはその代表例だ。
 「結局アナタは何がしたいの?」
 「俺が作る曲が絶対最強無敵なのは分かりきってるんだけど俺は強欲だからもっと白井君の『音』が欲しかったの」
 「まだ駄目なの? 何が足りないの?」
 俺が知る限り、俺が手持ち無沙汰になったのはこの人が白井さんに『音』を強欲に求め続けている結果だった気がする。
 否、間違いない。ドラムの音と二人分の声とレコーディングマシーンを愛して止まない人たちの声しか聞こえなかったから。
 「同じ痛いでも刃物でばっさり斬られて痛い、じゃなくて治りかけの痂剥がしたら体液滲み出てくるの分かってるのに爪の先引っかける感じ」
 月島君には分かるでしょって目でようやく俺のこと見て、悔しそうに地団太踏む。
 確かに俺とあんたの間でだったら正確無比に伝わるけど、それは俺らの根幹が鍵盤屋であるからであって、そうでない人には異世界語に聞こえてると思う。
 表現力足りないんじゃなくてあり過ぎて。
 理解力無いんじゃなくて分かり過ぎるから白井さんの場合音にならない。
 ……そもそも鍵盤と太鼓じゃ伝わり方違うし。
 音に込めた思いは変わらなくても。
 『だから俺に何が足りないのよ? 明日真は俺にどうして欲しいのよ?』
 身体の中に溜まって行き場所無い音が、右足をアースにしてバスドラに流れてく。
 ブースの中には未だ『音楽』になれてない『音』が空気中に充満してて、もうそろそろ飽和状態で、ちょっとの刺激で粉塵爆発みたいになる。
 起爆剤になってる白井さんもそれに気が付いてて、でもどうしようもなくて身体の中で燻ってるものを早く外に出してやりたくて、出口を探してる。
 「白井君に酸素が多過ぎて僕が欲しいもの全部流れてっちゃうんだよ。静電気発生するの分かってるのにプラスチック擦って静電気生んじゃうんだよ」
 『じゃあ宇宙で宇宙服脱いだら全身の血が沸騰して死ぬの分かりきってるのに針穴サイズで良いから穴空けたくなる自殺願望者風味でOK?』
 「白井君の宇宙と俺の宇宙の微妙な差異はおいといて。叩いてよ。それで」
 (俺の作った音なんて壊してよ。君の音で壊してよ。そしたら俺はまた作れるから)
 自己破壊願望なんて単語が在るかどうかなんて俺は知らないけど、三輪さんはそう叫んでる。
 自分だけが持ち得る可能性を引き出してよ。
 『今まで』なんてぶち壊してよ。
 そんなこと言いながら、また誰も打ち砕けない曲を平気な顔して書く。新しい曲のスコア辿ってってそれに気付いた時凄く嫌になる。
 そんなこと考えながらブースの中見て、もう叩くかなって聞く準備してる人間の気持ちなんて知らないって無邪気に裏切って、右耳から確実に鼓膜震わせてるはずのクリックのカウントより一瞬早く、物凄く変なタイミングで『ダンッ』ってバスドラが鳴った。
 新しい雑誌とかで切った傷、作った時は分かんないで全然痛くもないのに気付いた途端に痛くなる感じ。
 確実に致命傷与えて、でも気付かせない、卑怯な、でも絶対にハマる感じ。
 ―――逃げられるのに逃げないのに似てる。
 目を閉じて、鎌鼬が俺の首筋に狙いを付けた、って見えてない俺が気付いた時には、もう内側から起こってる嵐は止んでた。
 「っはっはっはっはっは」
 と同時に三輪さんが制御不能になった機械人形みたいに壊れた音を立ててた。
 って言うのはつまり、床にがたって転がってそこでのた打ち回りながら笑いこけてたってことで、結果だけ言えば人間ダスキンになってた。
 「何で俺白井君がこういう人だって忘れてたんだろう。凄い失礼なこと言ってたよね。足りてないのは俺の方だったのに」
 うーわー大失敗だったよね、白井君ありがとうって、笑いながら震えた声で。涙で潤んだ目で笑いながら三輪さんが狭苦しいところ、物凄く限定された足の踏み場だけを自分で磨いていく。
 『その分だと十分満足御満悦フルコースだね』
 こきこきと首の骨鳴らして白井さんがブースから出てきた。
 「もうこれでやること無くて所在無さ気にしてた颯にも仕事が出来て。俺はまたスバラシイ仕事をしてしまったし。……あ、そー言えば真海は?」
 「とっくに帰りました。白井さんが三輪さんとじーっと睨み合って動かなくなる前に」
 本当に状況を良く読む人だなと思う。こんな風に遅れる(凡そ二時間)なら帰って出来る仕事をしてれば良かった。……まぁ、あの人と二人でいても喋ること無いから仕事するしかないんだけど。
 「銭村君帰ったの? え、嘘。何で俺に一言言っていかないかな」
 「銭村さんが口開く前にあんたが帰って良いよって言ったからでしょ。もう忘れたの?」
 「あれ? 俺そんなこと言ったっけ? せっかく『NAKED SUN』の意味解説しようと思ってたのに」
 何で銭村君いないかなぁ、とか本気で不思議がってる三輪さんの方が俺には不思議な存在だったけど、それはさておいて。
 「意味解説って何?」
 「裸の太陽じゃなくて?」
 俺たちが順々に言ったら楽しそうにどっちもハズレって笑って。
 本体から無理矢理抜かれたアダプタの先繋げ直して右手を滑らせる。
 『NAKED SUN』のメインメロディ。
 俺のパートなのに俺のじゃない音。わざわざベースの音にしてキーボード弾いて。
 「太陽の直射光みたいな感じ。太陽風って言うじゃない? 直接浴びたら死んじゃうんだけど、オゾン層ってバリア一枚で何事も無く生きてる僕たち」
 「でもそれに穴が開いてるからじわじわと蝕まれてく感じ? 気付かないうちに侵されてる俺ら、みたいな?」
 うん、と三輪さんは疑うこと知らない子供みたいに素直に頷く。
 「熱量補給してこれ完成させてから銭村君に教えようね。それまで内緒だよ」
 完成させるまで何時間かかると思ってるの、とは言わずに俺は違うことを口にした。
 努めて、そう、極めて努めて声を荒げないように気を遣って。
 物凄く、俺なりに努力して。
 「あんたまだ歌ってないでしょ、これ」







後書きと言う名の言い訳
……予定していたより物凄く早く上がってしまい私自身もびっくり。
どうやらこのシリーズは二話に一度ギャグが入る模様です。……次シリアスっぽいのが上がるのはいつのことなのでしょうか……。
それにしても本当にどうしてこの話が先に上がってしまったのかわかりません。でもまぁ、大目に見てやってください。

友人みきに言われたので来年にでもこいつらのディスコグラフィーを作ってみようかなどと思っております。……小説に一度も歌唱シーンはないのにね。

それではまた。

20021121 
再アップ20080207