鏡合わせだなんて、嘘だ。 僕の左手、君の右手 「ねえ九チャン、左利きってかっこ良いよね!」 「? 不便じゃないのかな」 「ええ!? どうしてぇ!?」 「だって、右利きの人用のものがメジャーでしょう、一般的に」 「それはそうだけど! アタシがしてるのはかっこいいかどうかって話だよ!」 「ああ……甲太郎はどう思う?」 「ああ?」 今日も今日とて脈絡の無い話題の振り方をしてきた八千穂に。 自分の答えをはぐらかした九龍は、わざわざ。 俺が左利きだと知っていて、俺に振るのか。 「左利きが、なんだって?」 「そうだ! 皆守君は左利きだよね!」 「……ああ」 「じゃあ九チャン、皆守君はかっこいい?」 また見当違いの方向に話の矛先を変えた八千穂は。 実に楽しそう、というか。 これが狙いだったのかと思うほど、両目を輝かせている。 「甲太郎が? それこそクラスの女子に」 「アタシは九チャンに聞いてるの!」 追撃の手を緩めない八千穂だが、あくまで遊びの延長のようだ。 九龍は九龍で困った振りをして俺を見て。 「どう答えて欲しい?」 「……好きにしろ。俺は帰る」 「ちょっと、皆守君! まだ二時間目だよ!?」 「お前の大声で疲れた。じゃあな、九龍、八千穂」 くすくすと実に楽しそうに。 あの状況を一番楽しんでいたのは、間違いなく九龍だ。 「あの後、左利きがかっこいいの意味、ようやく分かったよ」 「ふん」 「そういう歌があったんだね。ああ、それとやっちーが軽く凹んでた」 「知るか」 「知ってるでしょう、甲太郎は。怒ってないってちゃんと言ってあげなきゃ駄目だよ」 「……ふん」 差し入れ、と称してカレーパンを土産に持ってきた九龍の手元にも鞄があった。 お前もサボるのか、と聞けば、今日は解析したいデータがあるからその下準備、だそうだ。 ……面白くない。 「何を拗ねてるんだ?」 「誰が何だと?」 「俺を見てない。そっぽ向かれたままの昼食は美味しく」 「お前の答えを聞いてない」 左から、つまり自分の聞き手側からの攻撃が苦手だと前に漏らしていたのを忘れる俺じゃない。 聞き手を閃かせて、二つの蒼をてのひらで覆い隠せば、零されるため息。 「左利きは、苦手だよ」 「それじゃない」 「……甲太郎は」 「俺は?」 あの蒼に凝視されなければ、吐息が唇を掠めるほどの距離まで近づけるのに。 「甲」 「……く、ろう」 ゆっくりと九龍の世界を閉ざしていた俺の手のひらは退かされ。 俺もまた、ゆっくりと九龍から離れる。 「甲太郎は、カレー星人だ」 「おい」 「質問。俺がトレーの上にカレーライスを乗せていました。躓きました。さて、あなたはどうしますか」 「は」 「いいから、答える」 「……カレーをキャッチしてお前を捕まえる」 「…………やっぱり、カレー星人だ」 「おい、九龍」 「俺を先に選ばない甲太郎なんか、カレー星人で十分」 言葉とは裏腹に、艶やかな笑みに見惚れている間に。 「それに俺は抱きとめてくれないと、だよ、甲太郎」 土産だったはずのカレーパンまで九龍と一緒に消えてしまっていた。 end