眠れる宝物−解答編−

 「離れ難いが仕方ない。しの、こっちに座ってくれるか?」
 僕を自分の左隣に座らせると、僕のメモ帳に恐ろしい勢いでシャープペンを走らせ始めた。……思いっきり乱雑な字のようだから、それが答えと言うわけでもないらしい。
 「俺がストップって言ったら読むのを止めてくれ。いいか、始めからゆっくり読んでくれよ」
 僕に暗号文を押し付け、土岐はシャープペンを構えた。
 「せ、かい、の、しゅう、えんを」
 「ストップ」
 僕が言うたびにざっざっと線を引く音が聞こえる。どうせ今聞いても答えてくれなさそうなので僕は気にしないでいる。
 「読んでくれ」
 「きみと、ふたり、で」
 「ストップ」
 何回かこんなことが続いて、僕が最後の行を読み終え、土岐の顔を見ると彼の顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。きっと狙いが当たったのだろうけれど、僕にはその笑みが何を意味するのかは正確には分からない。
 「一体、今の作業に何の意味があったんだ?」
 一語一語をゆっくりと読む。それを聞いて線を引く。この作業にどんな意味が隠されているというのか。
 土岐は無言のまま僕を元の位置……即ち、彼の膝の上に戻した。そして今まで線を引いていた紙を目の前に置く。
 「あいうえお、表?」
 「正確には五十音表とか、そんな名前だった気がするが。『見えるものだけが全てじゃない』なら『見えるものを全て消してしまえばいい』。そう思ったんだ」
 何だか乱暴な論理だけれど、確かにそうかもしれない。
 でも。
 「これがどうかしたのか?」
 今一理解出来ない。
 「この暗号文の中には清音も濁音も半濁音も殆ど在ったんだ」
 「殆ど? ってことは」
 「そう。欠けてるものも在ったってことだ。威さんは『行間を読めと言うことか』と言っていたけれど正しくそれだった。欠けていたのは『お』と『ま』」
 「おま?」
 「馬鹿。それじゃ鶴○師匠じゃないか。そうじゃなくて『まお』。中国語で猫のことだ」
 こつん、と軽く僕の額を小突くとそのまま伸しかかってくる。
 「重いよ、退け」
 「いいじゃないか。謎解きも早く終わったことだし、少しぐらい」
 僕の抗議を完全に無視して土岐は僕を畳の上に押し倒す。
 「目に見えないものの確認だ」
 「確認なんて必要ないだろ」
 思えば自分から触れるのは初めてだった気がしないでもないけれど、僕は僕を見下ろしているその顔を引き寄せて口付けた。
 「お前の少しほど当てにならないものは無いし。これで満足だろ?」
 呆気にとられているようで、その癖緩んでいる顔を両手で挟んで僕は尋ねた。
 「それで、隠し場所は?」
 「……この猫だよ」
 そう言って土岐は僕を抱き寄せて起き上がらせると、うたた寝中の猫を引き寄せ、赤い首輪を外した。みゃぁ、と一声鳴くとにじり寄ってくる。僕は気持ち後ずさりながら土岐の手の中を覗き込んだ。
 「これ、本当は迷子札なんだよな」
 言いながら小振りのプレートを裏返すと、そこにはカタカナで『アタリ』と記してあった。
 「……これ、隠し『場所』って言うのかな」
 新さんは隠してある、とは言ったけれど。
 「お前が構ってくれないんなら仕方ない。これを持って新さんのところに戻るか」
 猫に首輪を付け直した土岐が、しっかりと猫を抱えて部屋を出て行く。
 慌てて僕も後についていった。



 「おや、随分と早いね。私の暗号はそんなに簡単だったかな」
 どうやら一番乗りだったらしく、新さんは驚き半分喜び半分の顔で僕達を迎え入れてくれた。
 「ヒントが的確だったんですよ。質問もね」
 にやり、と人を食ったような笑みで土岐が新さんに猫を渡す。
 「それにしても『見えるものだけが全てじゃない』なんてロマンチックですね。流石は文学者。それも中国」
 「最初にそれを言い出したのは閃なんだけれどね。私が使わせてもらっているんだよ」
 「でもアタリって何ですか?」
 早速頭脳戦を開始してる二人の間に割り込んで僕が尋ねると、新さんは片手で器用に猫の首輪を外して笑った。
 「まぁ、差し詰め『まお』違いってことかな。そんなに深読みする人もいないだろうけれどね。それより優勝者にはプレゼントだ」
 何をするかと思いながら新さんを見ていると、首輪の端をちょきんと鋏で切ってしまった。合わせ目を開き、中から小さな銀色の鍵を取り出す。
 「本物のマオはこれなんだ」
 と言うと、マホガニーの机の上に置いてあった猫型の箱をその鍵で開く。
 「はい、これが私からの心ばかりのプレゼントだ。……と言っても懸賞で当たったものなんだけれどね」
 僕と土岐の手に渡されたのはまたしても白い封筒。
 「開けてもいいですか?」
 「いいよ」
 許可が下りたので、僕は封筒の中身を破らないように慎重に開封した。土岐は蛍光灯に透かしてから思い切りよく破る。
 中身は……。
 「どうせなら、と言うことで『マオ』ずくしにしてみたんだ。後学の為に一度行ってみるといいよ」
 「……一日中、ここで?」
 「パスポートだしね。ああ、旅費は自分持ちで頼むよ」
 にっこりと笑った新さんを見、僕はこの人が自分の血縁なのだと言うことを改めて思い知らされた。



 「へぇ、そんな素敵な叔父上だったら僕も逢いに行けばよかったな」
 次の日、生徒会室に行くと楽しそうな如月さんの声が聞こえた。僕よりも先に到着していた土岐が昨日のことを話していたらしい。
 「土岐なんて新さんを目の前にして数秒声が出なかったんですよ。あのときの顔を如月さんにも見せて上げたかったなぁ」
 「俺には見せて貰えないのかな、有栖川。何を飲む?」
 後ろからトーヤさん……浅見透哉さんは探偵部の副部長で生徒会の副会長で良心。因みに如月さんは会長で、土岐は副会長。僕は書記。おまけに言うなれば外見と中身が恐ろしく違う人でもある。
 「勿論トーヤさんにも見せてあげたかったです。もう、目が点ってああいうのを言うんだなて思ったぐらいですもん。あ、アールグレイがいいです」
 「それはそうと、しの。お前『林檎三つ分』の謎は解けたのか?」
 「「林檎三つ分?」」
 わざとらしく話題転換した土岐に乗せられて二人とも首を傾げる。
 「それは暗号と何か関係があったのかい?」
 「全然。でも僕の従兄弟の威さんと土岐の間で通じてた暗号みたいなものなんですよ」
 ふぅん、と呟いたきり如月さんが黙り込んだ。それを横目で見遣ってトーヤさんはお茶を淹れに給湯室に行く。
 何とも言えない微妙な沈黙が僕と土岐と如月さんを包み込む。
 「蛍、お前の分」
 いつの間にかトーヤさんが戻ってきて、如月さんにカップを手渡したとき、如月さんの唇の端が持ち上がった。優美な、微笑みの形に。
 「状況がよく分からなかったから時間が掛かったけれど、分かったよ。有栖川が知らないのも無理ないんじゃないかな?」
 「答え、何なんですか?」
 期待を込めた目で如月さんを見つめると、彼はこう言った。
 「マオ尽くし、だよ。彼……威さんは『ピューロランド』に行ったんだ」
 「へ?」
 思わず僕は間抜けな声を出す。
 ピューロ、ランド?
 「林檎三つ分がね、キィワードなんだ。ピューロランドの主の体重が確かそれぐらいだったんじゃないかな、アヤ?」
 優雅に足を組んでロッキングチェアに座り、窓枠に腕を預けている『安楽椅子探偵』そのもの如月さんはカップを持った手で土岐を指名する。
 ぱちぱち、と手を叩いてにやりと笑った土岐が答えた。
 「百点満点ですね。そうです。後で聞いたところによると同じサークルの女の先輩に誘われて無理矢理、だったそうですけど」
 「そうかい。それで、君達は? 楽しんできたのかい?」



 ……その問いに、僕は笑って誤魔化す、という道を選んだ。ここで答えるのは恥ずかしすぎて。
 『来週の日曜日が楽しみだな』
 と耳元で囁いた土岐を張り飛ばして、僕は紅茶のお代わりを注ぎに給湯室へ走り去ったのだった。




後書きと言う名の言い訳
はい。謎解きものです。が、これはNGワードなのですよね。
「土岐の謎解き」……やになっちゃいますね。
漸く探偵っぽいと思ったら親父ギャグですからね。
進歩は無いですね。

あ、とですね本当に言い訳です。
この暗号なんですけど、同じようなのがというか全く同じルールで作ってあるのがあるんですよ。
それも「有栖川有栖」先生の。
しのの苗字「有栖川」は「有栖川宮熾仁親王」から貰ったので全く関係ないのです。
それにコレを書いたのは「中学一年生」の頃。……まだミステリにははまって無い頃なので本当に関係ないんです。
そんなに言うのは疚しいからだろうって? 違いますよ。間違われたら失礼じゃないですか。有栖川先生に。
パクッておいてこんなもんしか書けないのかって。
……言ってて情けなくなってきたし。

20040310
再アップ20080207