ただ、想いだけが募って。 声にもならない 強い人、だと。 たくさんの心を解放していく、その背中に思った。 とてもとても。 温かくて、強い、人なのだと。 「九龍」 「……あ、白岐。どうしたの?」 すぐ近くに、傍らに在るのに。 遠い目で、何かを堪えるような表情で。 声もなく、見つめる人。 それは一瞬で消えて、『いつもの』九龍に戻る。 穏やかな笑み。 中身を、探らせない、拒絶する、笑みを浮かべた九龍に。 「皆守さんは、一緒ではないの?」 「……どうして皆俺に聞くのかな。俺は甲太郎の何でもないよ」 自分で発した言葉に自分で傷付いて。 空いている机を、椅子を、見て。 「何でも、ないんだよ」 繰り返された言葉は自分へのもの。 伏せられた目は、心の中と同じ、限りなく黒に近い蒼。 遺跡に潜っているときに輝いている蒼とは、同じであって全く異なる色。 「何を恐れているの?」 「え?」 「暴くことで救ってきた貴方が、何を恐れるの?」 掘り起こすと同時に解き放つことを為し得たその手を。 伸ばすことを、どうして。 「どうして、躊躇うの?」 「……どうして、迷い始めたんだかは、俺にも分からないんだ」 開かれた双眸は空の蒼。 前を、未来を映す色。 「最初から分かっていたのに、踏み出そうとしたら足が震えるんだよ」 「最初から、分かって?」 「知ってたのに、理解したつもりでいたのに、駄目だった」 穏やかな笑みの奥に、熾る炎が、そのまま双眸の色になる。 「どう言えば、伝わるのか、分からなくて」 「言葉にしようとしたら、声が出なくて」 「……どうして、俺は」 好きになっちゃったんだろう、と。 声にならない声が、でも聞こえて。 そんな、貴方だから。 「ただ、近くにいれば良いのよ」 「近く、に?」 「今までそうだったのだから、今までと同じようにすれば良いのよ」 俯くとさらさらと零れ落ちる髪の毛にそっと指先で触れて。 精一杯の笑みを、浮かべる。 「言葉にならなくても、想いは伝わるわ」 「そう、かな」 「今までたくさんの思いを、貴方は伝えてきたのだもの。だから、伝わるわ」 いってらっしゃい、と屋上を指さす。 頬を刺す冷たい風が吹くあの場所に、彼は独りいるはずだから。 あの人も、思い悩んでいるはずだから。 「いって、らっしゃい」 中身を隠すのではなく、隠し切れない喜びが溢れた笑顔が、見られますように。 end