01.なんつーか可愛い奴?



 練習禁止、もちろん自主トレも禁止。
 だって試験前だ。
 でもいっくら定期試験前だからって二週間も前からクソ真面目に勉強するやつなんていないっつーの。
 特別部だとかなんとかそういうので一週間前までは活動できたのに、今日からおあずけ。
 赤点取ったら試合に出してもらえなくなるから、色んなやつのノートを借りまくってコンビニでコピーしまくって。
 要領の良い秋丸に聞きまくれば、まあ、赤点のちょい上が狙える。
 「なあ」
 「無駄口はそこが終わってからにしてね」
 「……なんとかの法則だろ」
 「その『なんとか』が最重要なんだけど」
 「じゃあ……あれだ、メンデル! 豆!!」
 「はい正解。じゃあ続けてその下の」
 「『そこ』は終わった! なあ、テスト期間ってどこも似たようなもんだよな?」
 メンデルでもヘンデルでも丸が付きゃどうでも良い。あれ、鳥探しに行く兄弟いたよな……じゃなくて。
 「多分そうだと思うけど? 学校の日程なんてどこも似たようなもんだし」
 「あそこでキョドってんのあいつだ」
 うっすい色のふわふわ頭。ノートを広げてるってことは、俺らと目的は一緒ってことだよな。秋丸情報が確かならな。
 んでもって、タカヤのお気に入りだ。
 「ちょっと! どこ行くの榛名」
 「便所」
 「……暴力沙汰だけは勘弁してくれよ?」
 「泣かせやしねえって」



 一人でテーブルの隅にちょこんと座って、おどおどきょろきょろしてるけど、全然周りが見えちゃいねえ。
 お前そこスポーツマンが座る席じゃねえっての。
 てか誰か待ってて相手が来ないんなら下向いてぐるぐるしてたってどうしようもねえだろうが。
 勝手に隣に座って百面相してるの覗き込んだら、ようやく視線が合った。
 のに。
 また下向いてぐるぐるだ。
 今度はあたふたも追加効果。
 あ、だの、う、だの、うろたえて。
 ――なんでこいつ俺を見ないわけ?
 ムカッときたからポテトを横取りしてやろうとトレイに手を伸ばしたら。
 「……だ、め、で、す」
 「冷めたらマズいだろ。食ってやるよ」
 はしっとポテトのケースを抱えた小動物が一匹。
 なんだこれ。
 こーこーせー?
 「だって、先」
 「どーせタカヤ待ってんだろ。あんなの待ってないで食っちまえ」
 「で、も」
 「てか何? あいついつから人待たせるほどエラくなったワケ?」
 「う、ぇ?」
 「つーかお前喫煙席なんかに座ってんじゃねえよ。俺らんとこ空いてるから来い」
 ドリンクとバーガーがのってるトレイ持って立ち上がったら、泣きそうな顔になって。
 でも、慌ててノートをカバンに詰め込もうとしたからポテトを預かってやった。
 全部しまったのを見届けてから歩き出せば、後ろについてくる気配。
 禁煙席の一番奥の席に戻って、俺と俺の後ろを見て苦笑した秋丸を睨みつけて適当にそこいらを片付させてトレイを置いた。
 もちろん俺の隣。
 「ごめんね無理に移動させちゃって。驚いたでしょう?」
 「う、ぇ」
 「でも喫煙席ってあんまり良くない環境だから、大目に見てやってくれる? あ、俺は秋丸恭平です」
 「う、あ、あ、の」
 「何勝手に話してんだよバカ丸」
 「……榛名、俺の名前知ってるよね?」
 「お前なんかメガネで十分だ。あ、そうだ、お前名前は?」
 そういや知らねえ。
 タカヤのピッチャーなんてのは気に食わないから却下。
 こいつ自身の名前でも何でもねえし。
 「み、み、三橋、です」
 「三橋? タカヤもそう呼んでんの?」
 「は、い」
 「んじゃ名前は」
 「れ、廉、です」
 「レン、ね。んじゃレン。とりあえず食え。冷めたら超マズい。でもって秋丸」
 「はいはい」
 「お前は三橋君なんだからな」
 「……そこは千歩くらい譲って廉君だと思うよ?」
 「仕方ねえなあ」
 食えってんのに食わないから、手、出そうとしたら慌てていただきますって手を合わしてから食い始めた。
 ……なあ、なんかいたろ! こういうのどっかにいたろ! もももももって食うやつさあ!



 一生懸命食ってるレンのあけっぱにしてあったカバンの中でケータイが点滅してたから代わりに出てやった。
 だって
 『三橋、おま、今、どこ』
 「レンは今俺と一緒ですー」
 タカヤだもんよ。
 「榛名」
 『なんでアンタが三橋の携帯に出るんですか! とっとと代わりやがれ!!』
 「今口塞がってんだよ」
 『な! アンタふざけんのも』
 ハンバーガーで塞がってるもんよ、口。嘘じゃねえぞ。
 「レン、お前に待ちぼうけ食らわしてたハクジョーなタカヤから電話」
 詰まらせてたからドリンク指差してやって流し込ませてから、ケータイを渡してやる。
 うん、俺『いい人!』だから。
 「阿部、くん?」
 さっきみたいに怒鳴ってないからタカヤの声は聞こえない。
 見えないのに頷いたり、首を振ったりしてたレンが、そっと顔を上げた。
 のとほぼ同じに
 「みーはーしー」
 「ご、ごめんなさ」
 「謝んな。怒ってんじゃねえから」
 タカヤが来た。うーわーつまんねー。
 怒ってんじゃねえ、とか言いながらその顔は何なんだよ。
 むっちゃ怒ってんじゃん。
 「よー」
 「俺のピッチャー困らせないでくれます?」
 「は?」
 何。
 今こいつ『俺の』とか言った? それ、ちげーだろ。
 「ごめんね、ええと」
 「阿部です」
 「三橋君を連れてきちゃったのは、確かに榛名が軽率だったかもしれないけど。
 でも、三橋君が喫煙席のテーブルで阿部君を待ってるのを見かけちゃったからで決して困らせるとかそういうんじゃないんだよ」
 「それはお気遣いありがとうございました。三橋」
 んなこた全然思ってねえだろ! って感じのタカヤにものすげえいろいろ突っ込んでやりたい。
 俺は俺のためにピッチャーやってるけど、お前が欲しいのはチームのためのピッチャーだったんじゃねえの?
 何でもお前が言ったことに頷いてお前の思ったとーりに投げるピッチャーが欲しいんだろ?
 そしたら別に誰でも、どれでも良いんじゃね?
 なんで、そいつが『俺の』になってんの?
 「なんでそんなに必死こいてこいつ繋ごうとしてんの?」
 「榛名!」
 「っ」
 秋丸が叫んで、隣でレンが俺のシャツの裾を一瞬だけ強く握って、離して。
 あ、俺言っちまったか? 口に出しちゃったか?
 って恐る恐る顔上げたら、タカヤの顔色は何一つ変わってなくて。
 ほーっと一息ついて、口を開こうとしたら
 「こいつはようやく逢えた俺にとって最高のピッチャーなんです。暇つぶしなら他を当たって下さい。三橋、行くぞ」
 向かい側からレンのカバンを取り上げた、その手の指には、真っ白になるくらいの力が込められてた。
 「は、るな、さん」
 「ケータイ」
 「う、ぇ?」
 タカヤに取り上げられるより先に番号とメルアドを交換させて、登録まで済ませてやる。
 もちろんシークレットモードで、だ。
 「またな、廉」
 狭い店の中、ふわふわの頭の中に手を突っ込んでぐしゃぐしゃとかき回して最上級の笑顔付きで言えば。
 「は、い!」
 「三橋!」
 ずるずるタカヤに引っ張られて行っちまったから、ほんのちょっとしか見られなかったけど。
 「なあ」
 「今度は何」
 「あいつ可愛くね?」
 ぎこちねえんだけど、それもまた初々しいっての?
 あーれ、手懐けるの楽しそうだよなあ。
 「……タカヤに殺されるよ?」
 「けっ。返り討ちにしてやるよ」
 手始めに今すぐメールしてやろう。
 タカヤの前で返せよ、レン。