02.放っておけるかよ 絵文字も顔文字も使わないから、メールの文面なんてのはいつも素っ気ないもんばっかりで。 『今日のデキはどうだった?』 とか 『テスト超つまんねえ。ヒマだ』 とか 『早く投げたい。お前は?』 とかそんなんばっかだ。 だって腐ってもテスト期間中。てか今日ようやく初日。 3/4埋めときゃどうにか赤点にはならないだろ、と。 うーわ、マジつまんねえ。帰ったら何すっか、と。 だるだるな空気の学校の中すり抜けて、昇降口で靴を履き替えて、ぐだぐだ校門まで歩いてったところでちょっと人の流れが止まってた。 くすくす笑ってる女どもや見て見ぬ振りするヤローども。 ついつられて視線を下に落っことしてみれば。 「おまっ、何やってんだ!」 「ひっ」 ふわふわのひよこ色頭がちょこんと校門の前で膝を抱えて座り込んでやがった。 俺としてはものすごく珍しいことに、頭の中で回路がかっちりつながる。頭の上に豆電球がぴっかーん! だ。 『早く投げたい。お前は?』 『俺も、です』 『なあ、お前今日時間ある?』 『はい』 そこで休み時間が終わって、宙ぶらりんだったやりとり。 んでもこいつは来たんだ。 俺に、会いに。 「レン」 左手で右手掴んで立ち上がらせてがばーっと抱きつく。 別にヤローを抱きしめる趣味は持ってねえけど、こいつはちょっと違う。 だって、可愛くね? 俺に会いたくてここまで来ちゃうんだぜ? ここ一週間くらいのメールのやり取りから察するに。 あんま一人で出歩かないような、俺とは超正反対の引っ込み思案とかいう最近あんま聞かないような。 んでもって超きらっきらした目で俺を見ちゃうんだぜ、こいつ。 可愛いじゃんかよー。なー。 「は、は、榛名、さん」 「なあ、ボールとグローブ持ってきたか?」 「は、い!」 「じゃ、キャッチボールやろうぜ。あっちに公園あっから」 ふわふわ頭をぐしゃぐしゃかき混ぜて、左手で右手を引いてたったか歩く。 「榛名ー、小さい子泣かせんなよー」 「人攫いは犯罪だぞー」 「うっせ! こいつはそんなんじゃなくって可愛い弟みたいなもんなんだよ!!」 そう! 弟だ。 俺弟いないから実感なかったけどこんなんだったら欲しかったな。 お兄ちゃん、お兄ちゃんって後ついてくんのな。 うーわ、可愛いって! マジで!! 「レンさー、兄弟いんの?」 「ひとり、で、す」 「そっか。俺さー、姉ちゃんしかいなくってさ、弟いたらこーんな感じ? とか思ってんだけどよ」 お前はどうよ? と聞こうと思ったら、ついてきてた足が止まって、そのせいで少し後ろに引かれた。 「レン?」 なれなれしすぎて気ぃ悪くしたのか、それとも何かあったのか。 振り返ったら急にちっちゃくしゃがみ込んだ。つられて俺も隣にしゃがみ込む。 ……もう公園の中に入ってるから良いけどよ。道端じゃ危なかったな。 「お、兄ちゃん、だ、なんて」 繋いだまんまの手は、そういやさっきからずいぶん冷たくて、それが今は震えてる。 んなにヤダったんか? 「調子乗りすぎたか? ごめんな?」 「はる、な、さん、じゃなくて、俺、が」 「は?」 なんだそれ。 んでもって何で泣くんだよこいつ。 「レン? どうした? どっか痛くしたか?」 ぱっと手を離して隣じゃなくて向かい側にしゃがみ込んでできるだけそーっと頭を撫でてみる。 こいつの頭さー、撫で心地良いのな。触り心地も良いしなー、じゃなくて! 「ち、ちがっ」 「じゃあどうしたよ。目にゴミでも入ったか?」 顎捕まえて、顔を上げさせたら大粒の涙がぼろぼろっと零れた。 ぎょっとして手を離したけど、シャツの裾で擦ろうとするから今度はそっちを捕まえて、右手の親指で擦らないように拭ってやる。 真っ赤な顔で、きょとんと見開かれた目から涙だけがぼろぼろ零れる。 ……きりねえな。 「うひゃっ」 「良し、止まったな。なあ、本当にどうしたんだお前」 ぺろりと両方の目尻を舐めたら、びっくりしてようやっと涙が止まった。 「だって、榛名、さん、は、すごい、人、なのに」 目が泳いだかと思ったら下を向いて、髪の毛と同じ色の意外と長い睫毛だけが目に入る。 きらきら濡れて光ってるのがきれーだな、と思いながら俺は言葉の続きを待つ。 多分、こういう奴の話は急かしたら聞けない。 黙ってしまいこんで、それで終わっちまう。 だから、どんなに面倒でも腹が立っても歯痒くても、待たなきゃ聞けねえんだ、と。 ちょっと学習した。 「俺、みたい、なの、弟、って」 「お前みたいなのって何」 「だって、俺、ダメピー、です」 どんどん頭が下向いてって、つむじしか見えなくなりそうになったのを、掴んだままでいた顎にかけてる指先にほんのちょっと力入れて上向かせる。 真っ赤な顔と目。 「タカヤがそう言ってんの?」 ここでその名前出すのはどうなんだ俺、と思うけど他のカードを持ってないんだからしゃあない。 「ちがい、ます」 「なら」 「でも、俺、阿部君がいないと、駄目、です」 顔を上げさせても見えるのは睫毛だけ。 「タカヤが良いピッチャーだって言ったらお前は良いピッチャーなワケ? そんならこないだ最高のピッチャーだって言ってただろ」 タカヤって単語にいちいち肩びくつかせて反応するのが気に食わない。 なんでお前自身のことの判断基準がタカヤじゃないといけないんだよ。 おかしいだろ、それ。 「でも、駄目、です」 ふるふる首を振ろうにも俺が掴んでるから振れなくて。 じんわり涙がこみ上げてきて、また、泣きそうになってる。 「なあ、じゃあ俺がお前を認めてやったら、お前は自分を認められんの?」 俺の言葉にゆるりとまぶたが持ち上がる。 あ、こいつ目の色も薄い。そういや肌も白い。日焼けしてるしてないじゃなくて、違う、白い。 「榛名、さん、が?」 「そ。お前のスゴイ人なんだろ、俺」 「そ、んな! 俺だけじゃ、ない、です」 「そーいうんじゃなくて。お前は俺をすごいって言うんなら、その俺がお前を良いピッチャーだって言ったらお前は自分がそうだって思えんのかって話」 顎から手を離して、俺はまっすぐにレンを見る。 迷うようにちらちら俺を見て、口をパクパクさせて。 ゆっくり、レンは首を傾げた。 「わかん、ない、です」 「分かんないってのは分かるかもしれねえってことだろ」 頭の上にたくさんハテナマークを浮かべてるレンの手を取って立ち上がらせる。今日二回目。 「ああ、そうだ。で、どうなんだよ?」 「なに、が、です、か?」 「弟って、イヤじゃねえ?」 こんな弟だったら欲しいよな。 俺ぜってーにブラコンになりそうだ。 「……嬉しい、です」 うんにゃ、なる。確実になる。弟馬鹿な俺の姿が見えたもんよ、ちらっとさ。 だってこいつ、今、ふにゃって笑ったぞ。 やっぱぎこちねえんだけど、んでも笑ったぞ。 放っとけねえよなー、こんな風に笑うんだって知ってたら。 『俺のピッチャー困らせないでくれます?』 だーれが困らせるかよバカタカヤ。 こんな可愛いの、泣かせるより笑わせる方が良いに決まってんじゃねえか。