04.甘やかして閉じこめて絶対外には出さない






 恋が下心で愛が真心だなんていうのなら。
 「好きって何なんだ?」
 「……どんだけ袋小路なの、榛名」
 「分かんねえ」
 ふわふわしてるのは髪だけで、別に身体は柔らかくない。
 女じゃないんだから当たり前。
 がりがりな分抱き心地は悪くなってる。
 そんでも抱きしめたい。
 ヤるヤらないの問題じゃなくて傍にいたい。
 すげぇどろどろに甘やかして、もっと笑顔にさせてやりたい。
 その笑顔は俺だけのもんにしたい。
 泣かせたくない、優しくしてやりたい。
 ――これがどんな感情に分類されるんだか、全然分かんねえ。
 持て余して苛々して。
 でもどっかにぶつけたいんじゃない。抱えてたい。
 あいつにだけ、言ってやりたい。
 「なあ、好きってどういうこと?」
 彼女ってのはいたけど。ヤることはシてたけど。
 こういう気持ちには、なってない。
 だからこれが本当の『好き』なのか、それとも今までのが『好き』なのかも分からない。
 「俺に聞いてどうするの?」
 確かにそのとおりなんだけどよ。
 誰に聞いたって、納得できねえことなんだろうけどよ。
 「榛名は俺がその感情を恋だって断言したら、どうするつもり?」
 「どう、って」
 だって弟みたいだと思ったんだ。可愛い奴だって思ったんだ。
 それだけ。
 ……それだけ?
 「キスしたいとかその先は?」
 「……分かんねえ。けど」
 「けど?」
 こないだは、キスなんて呼べそうにもないそれだった。
 けどしたくてした。そういや俺もあいつも男で、そんなんありえねえって思ってた俺が。
 したくて。
 ……泣かれた。それが、ちょっと痛かった。
 泣かせたくない。けど、もっと先も、最後まで、したいかもしれない。
 今はまだ、分からない。
 でも。
 「大事に、してえ」
 守りたいとか、そういうんじゃなくて。
 大事に、大切に、したい。
 ……野球が一番のこういう想いの対象で人に向けたことなんてなくて。
 でも俺にとってレンはこれだ。
 一番の想いが向かう初めての人間だ。
 「重症だね」
 「……そう、か?」
 「無理に形や枠に閉じ込めないで、名前を付けようとだなんてしないで、それをそれとしてただ認めれば良いと俺は思うよ」
 ちょっとごめんよ、と秋丸はカバンを漁って財布を出した。
 取り出したのは百円玉一枚。なぜか裏向きで俺の手のひらに乗せる。
 「廉君に榛名の想いを伝えるだけ伝えて、転がった結果にだけ名前を付ければ良いんだよ」
 はい餞別、頑張っておいで。
 押し出された背中、今日は休養日。
 こないだのあれから一週間。
 気合い入れた割に動いてなかった俺が、ようやく自分の足で目指せるようになった。
 西浦を。レンを。



 練習試合でくらいしかよその学校になんぞ行かないから無駄に緊張する。
 俺はお客さんでアウェーでビジターだ。
 ホームにゃ洒落じゃなく手強そうなのがいる。
 「榛名、さん?」
 「?」
 自分の名前に反応して振り返れば、ヘッドフォンした奴が慌ててケータイを取り出して。
 「なんでお前俺の名前知ってんだ?」
 メールを打ちかけてたのを取り上げた。
 To:阿部
 件名:榛名さんが!
 本文:校門のとこに
 不自然に切れたままのそれを横から送信して取り返すと、一気に中に戻っていく。
 ……野球部決定。
 ビジターのルールなんか知ったこっちゃねえ。
 あんまり遠くはない背中を追っかけて、部室らしいところまで追い詰めたけども。
 「ひっ、かかり、まし、た、ね……やった……」
 してやったりって顔で肩をぜはぜは上下させて、笑いやがった。
 「てんめぇ!」
 開けたドアの中にレンはいない。
 事情を察したんだかなんだか、人が良さそうな奴がヘッドフォンと俺を見比べてにっこりと笑みを浮かべた。
 「水谷にしては上出来かな」
 「でっしょー?」
 む・か・つ・く!
 「お前らレンどこにやったよ!」
 「どこやったって、物じゃないんですから」
 「うっせぇ! 邪魔すんじゃねえ」
 ケータイを取り出してボタンを押す。最初からこうしておきゃ良かった。
 「レン!」
 『は、るな、さん?』
 「今どこにいる」
 『う、ぇ……と、あの』
 きょ、で切られた。ぜってータカヤだ。
 へたり込んでたヘッドフォンを捕まえて睨み付ける。
 「案内しろ。レンの教室まで。てかタカヤ騙すなりなんなりして俺とレンを会わせろ」
 「ひーっ、助けて栄口!」
 「榛名さん」
 叫ぶヘッドフォンを無視してもう一人が俺を見た。
 「俺たちにとって三橋はかけがえのないエースで大切な仲間で友人です。でも卑屈で弱気で時々もどかしくて切なくなります。
 あなたにとって三橋はこんなところまで来るほどの人間ですか?」
 「……どういう意味だよ」
 「分からないならあなたに三橋を会わせることはできません」
 静かな声なのにやたらと大きく、強く聞こえるそれに大人しく襟首を掴んでた手を離す。
 タカヤだけじゃなくここの連中は揃いも揃ってレン大事、ときたもんだ。
 困らせるとか、会わせられないとか。
 俺はレンを傷付ける者としか見られてない。
 そりゃ俺のせいだろうけど。シニアのときに俺がしたことのせいだろうけど。
 「教えねえ」
 「それこそどういう意味ですか?」
 「レンにだけ伝わりゃそれで良い。お前らなんかに聞かせんの、もったいねえ」
 認めてもらうだのどうだのじゃなくて。
 ただ俺がレンに言いたいだけだ。伝えたいだけだ。
 大事にしたいって。
 レンだけが知ってりゃ良い。俺がレンを傷付けるのか大事にするのかなんて、レンだけで良い。
 レンだけが、良い。
 「……仕方ないなあ」
 息を吐いてケータイを鳴らす。
 「あ、三橋? うん、教室に行っちゃったから急いで部室に逃げておいで。
 ……そう、阿部と今後の対応について協議するから、うん、七組に花井とかと置いといて良いよ。
 一人で大人しくしてたら大丈夫だからさ。うん、榛名さん情報がなくなったら迎えに行くから。安心して」
 ぷつりと切って、カバンを持ち上げた。
 「見張りをつけるくらいは必要かな、と俺は思うんですけど。一回だけ信頼します」
 ずるずるとヘッドフォンの首根っこ掴んで引きずって。
 「え? 良いの栄口」
 「話すだけらしいから。明日三橋が泣いてたら向こうにお邪魔するだけのことだよ」
 こっええな、おい!
 タカヤなんかよりこっちのがこええだろ、なあ。
 「じゃあ、ごゆっくり」
 ばたりと閉まったドア。
 とりあえず手近な椅子に座ってみる。
 ……うちとは比べ物になんねえ、普通の部室。
 公立の、普通の。
 ……普通って、なんだ?
 男だったら女を好きになるのが、普通。
 んでもどうしてそれが普通なんだかが、分からない。
 今までの当たり前と、普通、が。
 どうでも良くなって、ただ。
 「榛名、さん」
 かちゃりと控えめな音を立てて開いたドアの向こう。
 零れそうなくらい大きく見開かれた目と震える唇。
 「ど、して」
 「なあ、なんでお前に会いたいのか俺にも良く分かんねえんだ」
 こいこいと手招きして、向かい側じゃ足んないからもっと近付きたいけど、寄ってきてくれない。
 ……こないだのアレのせいだよな。
 「俺、怖い?」
 「っ」
 ぶんぶん首横に振って、取れそうなくらい。
 一歩分だけ近付いた、距離を。
 無理に縮めるようなことはしないで、ただ手を伸ばす。
 「お前の傍にいたい。甘やかしてやりたい。笑わしてやりたい。俺だけに笑ってもらいたい。
 泣かせたくない。優しくしたい。大事にしたい。大切にしたい。……駄目か?」
 左手に右手が触れる瞬間を、俺はじっと待つ。
 振り払われるかもしれない。気持ち悪いと思われるかもしれない。
 「ど、して、そん、な」
 「分かんねえ。けどお前だけだ」
 潔癖症じゃねえけど誰かに触られるのはあんまり好きじゃねえ。
 んでも触れて欲しいと思う。触れたいと願う。
 「お、れ、だけ」
 「レンだけ。なあ、駄目かな俺」
 少し力が抜けて垂れ下がりそうになった手に、指に。
 そっと触れてきたひやりとしているはずの、それが。
 「俺が、駄目です」
 今日は熱くて。見上げればやっぱりいつもどおりに赤くて。
 ……受け入れて、もらえた、のか?
 「何がどう駄目なのか分かんねえけど、レンに駄目だって思わせちまう俺の方が駄目っぽくね?」
 「……え?」
 少しずつ少しずつ、絡めとって、力を込める。
 ほどけないように、はなれないように。
 「お前が甘えられない俺じゃ、甘えらんないお前じゃなくて甘えさせてやれない俺のが駄目だってこと」
 ぷすぷすいい始めたレンの頭の中、見える気がする。
 言ってる俺だって良く分かってねえけど。
 「俺を選べ」
 魔法がかかったみたいにレンの身体から力が抜けてくたりともたれかかってきた。
 「レ、レン?」
 落ちないように怪我させたりなんかしないようにぎゅっと抱えて、椅子に座らせてやって。
 顔色を確かめようと覗き込んだところで、タイムリミットだった。
 「何してやがんだこの色情魔!」



 返事、聞く前に追い出された。
 鬼嫁に。