女神は微睡む 1 辛気臭いことこの上ない神殿。 どいつもこいつも何が楽しいんだか知らないが上辺だけの笑顔を年中浮かべていやがる神官ども。 「榛名殿」 「巫人が呼んでるんだろ。さっさと通しやがれ」 神殿の最深部、それこそ海と繋がってるんじゃないかと思うほど深いその場所には女神の声を聞くやつらがいる。 俺が女神の十二席の一でいる限り、神官どもはどんだけ無視してやっても全然構わないのだが、こいつらを無視するわけにはいかない。 巫人の言葉は女神の言葉。 女神の祝福を授けられた俺様は女神の願いという名の七面倒臭い依頼を受けなければならない。 「まだ高瀬殿がいらっしゃっておりません」 「は? 高瀬だ?」 「女神は榛名殿と高瀬殿を共にお呼びだそうでございます。故に榛名殿お一人をお先にお通しする訳にはまいりません」 普段は俺の後ろに付随している女神の権力に恐れ戦くだけのしわくちゃ爺が今日は頑として譲らねぇ。 くそ高瀬。覚えてろよ。 「あー、悪い悪い。待たせた?」 「待たせた? じゃねぇよ。来たくも無い神殿に足を運んだのにてめぇのせいで時間食ったじゃねぇか」 のほほんと現れやがった俺と同じ十二席の一の高瀬を睨みつけたところで返ってくるのは人を食ったような笑みだけだ。 「悪かったって。これでも急いできた方なんだよ? 秋丸のお小言を二人分聞いてきたんだから」 「……そりゃ、悪かった」 秋丸というのはやっぱり十二席の一で俺らと同期で高瀬と同じ第五席の男で、まぁ、色々迷惑をかけているような気がしないでもない友人だ。 「お二人ともお揃いになられましたので奥宮にお進み下さいませ」 辛気臭い爺の声に我に返って、先を急ぐ。 神殿という名の特権階級の上でふんぞり返っているようなこの空気が俺は嫌いだ。 「端的に言うと人探しだろ」 「端的過ぎるよ、榛名」 勿体つけて呼び出した割には内容はどうってことが無かった。 先代の十二席の一の真珠が亡くなってから十余年。そろそろ新しい真珠が育っているから探し出して連れて来い。 女神の本性は海にある。海で育まれる真珠と珊瑚には並々ならぬ思い入れがあるのかもしれない。 電気石なんて三十年くらい欠席だったらしいからな。えこひいきは良くないと思うぞ、女神。 「育ってるったってガキだろ?」 「順調に育っていれば十歳だけど、先代が亡くなってから間が開いていたとしたらまだ乳飲み子かもしれないよ」 女神の命に基づいて旅券が渡された。 どこの国でも審査請求無しに入ることが出来るし、どの国の王も俺たちがすることに手出し口出し無用という証。 「俺に子守りしろってか」 「高瀬はまだどうにかなるとしても榛名には無理そうだよね」 「てめぇ秋丸」 「和己さんとか花井辺りが妥当な線だと榛名は思わなかった訳?」 「思ったところで俺たちが女神様に逆らえるとは限らないけどね。つーことで秋丸、第五席よろしく」 面倒臭ぇ、嫌だ、ふざけるな、と。 幾つ罵倒を並べてみても女神は俺の声に耳を貸さない。 だって女神は巫人にだけ声を託すのだ。いつでも言いたい放題だ。 どこにてめぇに野次飛ばす奴の声に耳を貸す神がいる。 「いい加減一人で席を預かるのも飽きてきたよ」 「じゃあ秋丸もたまには榛名の面倒見れば?」 「それだけは遠慮しておく」 かくして俺と高瀬の真珠探しの旅は幕を開けたのだった。