女神は微睡む 3






 ああだこうだと口ばっかり動かしていても真珠が見つかるはずがない。
 物凄く気が向かないし物凄く腹立たしいが、この領地内の神殿に行くことにする。
 ここの領主たちには嫌われているかもしれないが、真珠かもしれないガキの情報を二番目に多く持っているのは間違いなく神官たちだ。
 「十二席の方々が何か?」
 「女神の願いを叶えるための仕事中だ」
 「はぁ。私どもに何か関係あるんでしょうか」
 「なきゃ来るか」
 「まあまあ。あのさ、ここの領主の孫って女神の祝福を受けた子供だった?」
 人の顔色を見ればその後ろにある女神の権威に媚び諂い。
 影では宝石を生み出すなんて人間離れした能力を忌避している神官たちと会話しなくちゃならないことがそもそも不愉快だ。
 高瀬は生まれてすぐ親が神殿に報告をして神殿から迎えが来て、能力の制御やら女神についてやらを神殿内部で身に付けさせられた。
 神殿出身といわれる奴らは運良く赤ん坊の頃に能力が発露して蝶よ花よと神殿内部で育てられた奴らのことで。
 俺みたいに力が目覚める兆しなんて欠片も無く島の外でのびのびと暮らしていたのに、いきなり力に目覚めて。
 営利目的で人身売買されたのをたまたま偶然神殿に保護されたのとは訳が違う。
 たまたま偶然に保護、なんてことがこの世の中にあるわけがない。
 人売りから買うのだ。女神の祝福を受けた子供を。
 「なぜそれを」
 「女神の願いが真珠を見つけ出すことだからだよ」
 「……次代の真珠は保護する前に領主に阻まれました。そして」
 「みすみす夜盗に攫われたってか。たいそう立派な仕事だな」
 「榛名」
 能力が発露しないうちに連れ去られたほうがまだましかもしれない。少なくとも人間、あるいは商品としての価値しか持たないから。
 「女神の最愛と言っても過言じゃない真珠をみすみすくれてやったんだ。何か見返りはあったかよ」
 「榛名、いい加減に」
 「どうせ神殿がこの領地内で孤立しないようになかったことにしたんだろうが」
 顔を怒りと羞恥で赤く染め、見破られたことに対して青く染める。
 見苦しい。神殿は十二席よりも為政者の機嫌を窺うのに必死だってか。
 「……気分悪ぃ」
 こんな奴らに十二席の一だと、女神の祝福を受けた者だと、見出された者だと。
 一時だけでも思って、救われたのだと思った自分自身が。
 「これからどうする?」
 「どうするもこうするもねぇだろ。もう既に真珠になってんだったら一刻も早く見つけてやらないと」
 あの頃の俺みたいになる。



 「てかでかすぎねぇかこの屋敷」
 「何かが間違ってるよな、これ」
 神殿が疎まれていようが何しようがもう関係ない。
 もしまだ親石が、初めて生み出した石が残っているのならそれを頼りに本人を探し出せる。
 「良く入り込んだな、夜盗も」
 「集団って凄いな」
 連れ去られた時刻は真夜中だという。
 海から程近いこの暖かい地方では夜着のほかに何かを身に着けて眠るという習慣はないはずだから親石はこの屋敷のどこかにある確率の方が高い。
 …………遠くに牛やら馬やら見えるのは気のせいじゃないかって思いたくなるほど広いけど。
 葡萄畑とか見えるけどあれはこの屋敷の面積に含まれないよなって現実逃避をしたくなるほど広いけど。
 「門から実際の建物までどれくらいかかるんだよ」
 「見えるけど近くならないのは目の錯覚だと思いたいけど、誰も迎えに出てきてくれないのは本当に嫌われてるからなんだろうなー」
 どこか間延びした高瀬の声が良く響くが、その声に反応を示してやれるのは俺以外に誰もいない。
 左右には庭園。海風を遮るための椰子の反対側には噴水。
 ……ありえないくらいの金持ちだってことは分かった。領主って儲かるのか。
 「すんませーん」
 ごんごんと扉を叩くと門衛から連絡だけは伝わっていたのか人が出てきた。
 「はーい。……貴方たちが神殿の人? おじさんじゃないのね」
 ……人ってか、子供?
 「私は三橋ルリです。さ、上がって上がって」
 ちょこんと礼をしたのは、高瀬が神殿からぶん取ってきた資料によると攫われた真珠こと三橋廉の従姉妹らしい。
 「どうする?」
 「上がれってんだから、上がる他ねぇだろうよ」
 屋敷を取り仕切ってるのはこの子供の父親って書いてあった気がするが、まぁ、良いか。
 「「お邪魔します」」
 白亜の宮殿よろしく馬鹿でかい屋敷というか城と言ったほうが合ってそうな馬鹿でかい建物。
 通されたのは、明らかに応接室やらそんな感じの部屋ではなく、この子供自身に与えられた部屋。
 「レンレンを本気で探してくれるのよね」
 「ああ、まあ」
 「何その中途半端な返事!」
 「本気じゃなきゃここまで来るかよ! てかレンレンって何だ!」
 「榛名、落ち着いて。ええと、ルリちゃん、だっけ。俺たちは君の従兄弟を探そうとしてるんだけど」
 「レンレンは私の従兄弟よ」
 「廉君の呼び方が、それなのかな」
 「そうよ。私の大切な従兄弟で泣き虫ででも何にでも一生懸命なレンレン、廉を、探してくれるんでしょう?」
 勝気そうな両目にうっすらと涙の膜が張る。
 僅かに声が鼻にかかる。
 「探すは、探す」
 「何なのよその言い方」
 「探すには探すけど、別にこの家に帰らせるためじゃない」
 「……何よ、それ」
 「お前の従兄弟は多分女神の十二席の一だ。島の外で生活することは、できない」
 「どうして! だってここはレンレンの家でもあるのよ!?」
 「それでも攫われただろ。女神の十二席は島にいるのが一番安全なんだよ」
 かっと目を見開いて俺たちを睨みつけたところで、何が変わるわけでもない。
 厳重な警備かどうかは知らないが、所詮人の手で守りきれる者じゃない。
 宝石を生み出すってことは危険を犯してでも手に入れる価値があるってことだ。
 「……廉は、それで本当に幸せになれるの?」
 


 零された声に対する答えを俺たちは二人して持っていなかった。