女神は微睡む 8 その昔、もう十年単位で昔、の話だ。 ある子供がいた。その子供は国境近くの貧しい村に生まれて、でも両親と姉ちゃんと暮らしててそれはそれで幸せだった。 ある日、国境を侵犯してきた他国の兵士たちに村は蹂躙された。 子供たちは人買いに売られ、ある程度の年齢の女たちは輪姦され、娼館に売り飛ばされた。 男たちは反乱を企てるといけないからといって皆殺しにされた。 老人たちは虫のように殺された。 その村がどうなったのか、今は誰も知らない。領主に見捨てられ、国王にも見捨てられた。 数年後に国も絶えた。 売られた子供たちは散り散りになってそれでも生き延びていた。 貴族に買われたり労働力として買われたり、人間の扱いを受けることができる子供は少なかったけれども、生きるために必死だった。 だって親が最後に残した言葉は何があっても生き延びろ、だったから。 一人の子供は女神の祝福を受けた子供であることが連れまわされているうちに判明した。 人買いと神殿は取引をした。良い値で売られた子供は神殿に救われたのだとそのときは思った。 けれども育っていくうちに、自分が買われたことを知った。 綺麗な顔で澄ましている神殿が、裏では忌み嫌われているような商売に手を染めていることも知った。 子供は自らの力を呪った。女神を呪った。神殿を呪った。 何が女神の祝福だ、何が神殿だ、何が十二席だ。 暴れることで苛立ちを発散するしかなかった。そういえば一番荒れていたときに相手をしてくれていた彫工師がいた。 己の力を吐き出すことで、自らのうちの女神の祝福を粉々に砕いてやりたかった。 けれども、女神は変わらず自分に祝福を与え続けた。 大人になった子供は馬鹿らしくなってしまった。 そこで考えた。一番効果的なのはなんなのか。 内側から壊してしまえば良い。腐りきった神殿をぶっ潰してしまえば良い。 今は十二席の一として、大人しく女神に仕えるフリをしながら、大陸の腐りきった神殿に圧力をかける日々を送っている。 島に居つかない騎士として名高い、ある人間の話だ。 「なぁ、今までこんなに悪意が垂れ流しにされてる部屋っての見たこと無いぞ」 「それって攻略が簡単ってこと? それとも相当相手が自信を持ってるってこと?」 「どっちにしろ呪具をぶっ壊す。でもって野郎は三発くらい殴って気が進まねぇけど中央にしょっ引かせる」 「中央か……あんまり神殿と仲良くないよな」 「罪人を裁く権利を持ってねぇんだから仕方ねぇ」 大陸には領がたくさんあってそれを統治する国もたくさんある。 たくさんある国の中で一番強い力を持ってるのが中央。 これは別に国の名前じゃなくてこの国を中心として世の中が変わるから、一番強い国を便宜上中央と島の人間は呼ぶ。 で、島、つまり神殿と中央の仲はそこそこ悪い。十二席に中央の王族出身の奴がいるからだ。 子供をとられた恨みだかなんだか知らないが、中央は神殿に非協力的だ。 どこかで見たような構図。 そう、十二席の出身国だとか出身領とは仲が悪いことが多い。子供を掻っ攫ったりするから当然のことだ。 でも奇妙なことに国同士が対抗するときはうちの国からは何人十二席が出てるだのそういうくだらない競争をする。 「で、あの呪術の媒体はなんだか分かったのかよ」 「うーん、それがさ自信持って言えないんだよな」 「何だと?」 「見れば分かる。榛名も見ればこの悪意を垂れ流しにしてる元凶なんだからすぐ分かる、と思う」 「……働けよ、幸運」 「頑張ってくれ、清浄」 扉をノックする前に、あれを呼んでおく。 十二席は何とかの騎士って名前が付く。騎士ってからには当然剣だとか刀だとか槍だとか得意の獲物を持っている。 で、それは騎士だけが呼び出し可能な道具だったりもする。 なぜならば。 「真珠には何持たせるんだろうな」 「剣だったら俺が付きっ切りで教えてやるんだけどな」 「俺だって教えられるだろ。てか絶対に俺の方が向いてる。榛名はあの子泣かしそうな気がするんだよな」 「あ゛あ゛っ?」 「そういうところがあのほえほえちゃんには向かない」 「うっせぇ。俺は気に入ったら一生大事にするぞ」 「……そういうのを寝床で言いそうだからな」 呼び出した剣の柄に埋め込まれた赤ん坊の拳ほどの大きさの宝石。 半身とも言うべき石と俺たち騎士とは繋がっているから、だ。 「女誑かすのはお前の得意技だろうがよ」 「慎吾さんだろ」 「島崎の旦那と一緒にするんじゃねぇよ」 「「てかさっさとぶっ倒して俺を選ばせる」」 後でそれはノックって言うよりも蹴破ったが正しい、と。 ため息をつきながら秋丸に言われることになるのだけれども、それは別の話、だ。