女神は微睡む 幕間2




 先に着いていた子供たちと和さんを見た瞬間、俺は一瞬ここが保育所なのかと思ってしまった。
 「……ただいま、戻りました」
 絶句というか爆笑中の榛名と高瀬の代わりに声をかけると、目を細めて三人を見守っていた和さんがこちらを見た。
 背丈に合った卓の上には色とりどりの菓子。
 小さな椅子に行儀よく腰を下ろして啄ばむ子供の姿は確かに和むのだけれども。
 当たり前のようにお父さんと声をかけたくなる雰囲気というのはいかがなものか。
 「おう、ご苦労だったな。お前たちも休憩するか?」
 「俺たちは自分でやるんで良いですよ」
 「そうか」
 にこにこと相好を崩して三人に目をやる和さんの心の平穏を乱すわけにはいかない。
 「いつまでも笑ってないで二人とも中に入れば?」
 「や、でもあれは」
 「お母さん募集しないと」
 既にいた気がするけれども、笑って同意を示す程度に止めておいた。



 まだ遊ぶんだとごねる二人から真珠を引き離すのには大変な苦労を要した。
 榛名に言われたとおり浄化を施そうと思ったのだけれども、どうしてそれが必要なのか。
 なんで自分たちが一緒にいてはいけないのか。
 どうして俺がそれを施さなくてはならないのか、他にもできる人間はいるじゃないか、と。
 なかなか鋭い指摘ばかり。
 「悔しかったらレンに話して貰えるような奴になりな」
 子供相手にムキにならなくても、とは思ったが榛名のその一言で子供二人は黙り込んだ。
 「じゃあ俺には準太が話してくれるんだよな」
 「……はい」
 和さんは高瀬に任せて、真珠を抱え上げた榛名と俺は奥の間に向かう。
 清浄な空気が常に保たれているこの部屋は、怪我の治療や病気の治癒などに利用する部屋。
 主に俺が使っている部屋で、同じような空気を湛えたもう一つの部屋は榛名が対物浄化に使っている。
 「さっきは自己紹介をしていなかったね。俺は翡翠の騎士の秋丸恭平です。君は?」
 勝って知ったる何とやらで椅子に座った榛名の膝の上の真珠に視線を合わせて尋ねる。
 落ち着かない様子の視線は榛名と俺の膝の辺りとを行ったり来たり。
 何か言葉を紡ごうと開かれる唇は、震えて声を紡ぐことが叶わない。
 「俺は怖いかな?」
 「ち、が」
 「そう。なら良かった」
 俺が怖がられていないと知って喜んだのは俺なのだけれど。
 「しん、じゅ、です、か?」
 「俺は君がそうだって思うよ」
 「どう、して」
 別に真珠の親石を見てはいないけれど。
 榛名と高瀬が連れてきた子供だから。 
 と言っても、この子には理解できないだろう。
 祝福を受けた者どうし分かり合える何かがあるのだということ。
 見えるものを見せてあげることができるのなら、それが一番……。
 「これはね、俺の親石。君のと重ねてごらん?」
 榛名と俺を交互に見、頷いたのを確認すると首にかけていた紐の先の袋を解いた。
 半身の手のひらの内で淡く輝く真珠。
 呼び出した俺の三節棍の両端に埋め込まれた半円状の翡翠とそれが合わされば。
 「きれ、い」
 「女神の十二席の騎士の親石はこうやって仲間と呼び合うんだ」
 だから君は間違いなく真珠なんだよ、と。
 安心させるように手を伸ばそうとしたら。
 「心が狭いんじゃないかな、榛名君」
 「うっせぇ。とっととしまえよ、それ」
 真珠を俺から遠ざけて不満顔の榛名。
 託された子供に向ける感情じゃないと思うんだけどね、それは。
 「はいはい。そうだ、君の名前は?」
 片割れには帰ってもらって、真珠を覗き見る。
 真珠真珠とこの島の中で呼ぶには良いけれども、島の外に出る機会があったときにそれは危機を招く。
 「三橋廉、です」
 「廉君だね。ああ、廉君って呼ぶけど良いかな?」
 こくこくと頷く廉君に表情を緩ませたのも束の間、足の甲に衝撃が走った。
 「俺のことは恭平さんで構わないからね。じゃあ、早速浄化をしようか」
 「お願い、しま、す」
 ぐりぐりと踏まれるが、痛みはおくびにも出さず俺は袖を捲り上げて右腕に刻まれた印の欠片をそぎ落とす努力を始めた。






 そういえば廉君は榛名が自分の家に連れ帰ったようだったけれど。
 彼は真珠であるゆえに、誰かと一緒に生活をするんだったんじゃなかったかな、と。
 疑問を持ちつつ俺は残業に取り掛かったのだった。