女神は微睡む 幕間3




 たとえ小さな疑問だとしても、大きな問題に発展する可能性がある。
 だから早めに片をつけておくもんさ、とは和さんの言。
 そう、だからこそ昨日和さんは俺に声をかけるよりも先にこの二人の所在を確認した。
 女神の十二席の第六席の鼎の二つを埋める彼らの所在を。
 「で、どうして真珠の保護者が榛名さんになってるんですか」
 「真珠は俺らに任されてるはずなんですけど」
 「いや、まぁ」
 勘でこの二人から逃げたのか、そもそも今日は顔を出すつもりがなかったのか、榛名廉君共にこの場にいない。
 「まだ真珠の認定儀式も済んでいないことだし、そう怒らなくても」
 「儀式が済んだら榛名さんは大人しく俺たちに真珠を預けると、本当に思ってますか?」
 人当たりの良い笑顔の背中には猛吹雪。
 まぁ、榛名に任せるよりはこの二人の方が俺も適任だとは思う。
 余計な虫も付かなさそうだし純粋培養してくれそうだ。
 「それはないと思うんだよなぁ」
 「高瀬……」
 「準太……」
 定時になっても職場に姿を現さない榛名を不審に思い、多分廉君に会いたかっただけだとは思うけれども。
 わざわざ榛名の家まで出向いて『今日一日出かける』という紙一枚を持って帰ってきた高瀬はもう既に諦めの境地に入ったらしい。
 「高瀬さん、どうしてですか?」
 「や、あいつ廉の両親に廉託されてんの。ま、俺もよろしくお願いされたんだけど」
 「それとこれとどういう関係が?」
 そんな言葉では納得しない二人組だということは高瀬も重々承知の上のはず。
 「月長石、金緑石」
 「「はい」」
 和さん、否柘榴石の騎士の声に振り向いて、二人は渋々指示を待つ。
 柘榴石の騎士に石の名で呼ばれたときには仕事の指示が与えられることになっているから。
 「神殿に赴いて真珠の認定儀式用の道具を一式用意させてくれ」
 「まだ神殿に行ってないのにですか?」
 「あの子に神殿に行けというのはちょっと酷な話でな」
 「その話はおいおい聞かせてもらえるんですよね?」
 「ああ。で、翡翠と翠玉は金剛石と真珠を確保。明日から認定儀式を始めると伝えてくれ」
 「「分かりました」」
 そう簡単に見つかってくれるような榛名だったら、実に楽な仕事で良いなぁ、なんて。



 思ったんだけども。
 「行きそうな場所の心当たりは?」
 「無い。全然無い」
 「力いっぱいの否定ありがとう高瀬。さて、どうしたもんかな」
 神殿におつかい組と迷子捜索隊とどちらが早く仕事を終えられるかなんて。
 結果ははじめから見えている。
 「まだ真珠として認定もお披露目も終わっていない廉君を連れまわせる場所だろう?」
 「でも公園で榛名が昼寝ってのはありえないだろ。俺が嫌だ」
 俺も想像したくないなぁ、と。
 行きつけの喫茶店で暇を潰そうという結論に落ち着いて数分。
 「高瀬、あれは目への暴力だと思わないか?」
 「……和さんだったら馴染んじゃうよな」
 商店街というか表通りに面した店先で茶を啜っていた俺たちは目的の人物たちを発見した。
 さすが幸運の使い方を心得ている和さんだ。
 右手に紙袋にたくさんの荷物を抱え、左手で廉君の手を引く榛名。
 一歩間違うと未成年者誘拐の絵にも見えないことのないそれは、廉君が笑顔だという点において踏みとどまっている。
 「今日は買い物の日だったってことか」
 「あの分だと食器と衣類は間違いなく買い込んでるよな」
 それとおやつも。
 あんなに上機嫌な榛名のそれを不機嫌にさせるのも気が進まないのだが。
 職場に戻れば不機嫌な人間が倍いる。
 勝手に休んだ罰を食らってもらうのくらい、なんてことはないだろう。
 「れーん」
 「! じゅ、んた、さん、と、きょう、へい、さん」
 「げっ」
 高瀬が得意の笑顔を浮かべて廉君に手を振ると、頬を赤く染めて嬉しそうに笑う。
 可愛らしい子だなと思う。闇の刻印が刻み付けられているだなんて、きっと誰も思わないだろう。
 「栄口と泉がかんかんだぞ。こっえーぞ」
 「……あいつらにレンは渡さねぇぞ」
 「それは榛名が決めることでもなければあの二人が決めることでもないよ」
 不思議そうな顔で俺たちを見つめる廉君ににこりと笑いかけて席を勧める。
 「ここで一番人気の焼き菓子と温めた牛乳なんだけど、廉は好きか?」
 「は、い!」
 「良い返事だなー。良し、準太さんが可愛い廉にお菓子をご馳走してあげよう」
 幸運は見事に働く。てかあの注文がこういう風に功を奏すとは。
 「榛名、あの二人より近くの高瀬の方が強敵だね」
 「……俺にも珈琲一つ!」
 




 島に着いた翌々日からもう試練が始まってしまうらしい。
 美味しそうに菓子を頬張るこの子に課せられたそれは、十二席の誰もが課せられた試練。
 さて、ここの過保護な保護者たちはどう動くやら。