女神は微睡む 幕間4





 十二席の認定儀式を行うにあたって必要な道具がいくつかある。
 誰が揃えても良いものと、必ず当人が揃えなければいけないもの。
 榛名に手を引かれて職場に顔を出した廉君に与えられたものは、地図と一枚の紙。
 「この職人通りにいる彫工師にその紙を見せて同じものを作ってもらうことが君の最初のお仕事だ」
 「は、い」
 「別に今日一日で作ってもらう必要は無いから焦るんじゃないぞ」
 「は、い」
 「あと、彫工師を見つけるのも今日一日でやらなくちゃいけないことじゃない。断られても職人はたくさんいるからな?」
 「わかり、まし、た」
 「見知った顔の人間の助力、助けを求めることも出来ない決まりになってるんだ」
 「は、い」
 「でも知らない相手にならどれだけ助けてもらっても良い。良いな、廉」
 「はい、和己さん」
 はじめてのおつかい、じゃないけれども。
 なんか、こう、まだ出かけてもいないのに今から心配でならない。
 そりゃ島には子供を誘拐して身代金を請求する人間などいないから安全だといえば安全なのだけれども。
 「……榛名も高瀬も栄口君も泉君も今から胃を押さえるのは止めておきなよ?」
 昨日お茶から帰ってきた俺たちと神殿にお使いにいっていた組はちょうど職場の前で会うことに成功した。
 自分たちが第六席に共に名を連ねる者であること、これからは一緒に仕事をするのだということより先に自己紹介を済ませた二人。
 月長石の騎士の栄口勇人君と金緑石の騎士の泉孝介君はまずまずの好印象を廉君に与えたようだった。
 「だってあのレンが! 一人でだぞ!」
 「榛名、お願いだから後をつけるのは止めてくれよ?」
 「偶然を装ってもばれない可能性、高いよな」
 「高瀬、幸運ってそういう風に使うもんじゃないと思うけど?」
 手巾を噛みしめそうな勢いの二人を差し置いて第六席組は甲斐甲斐しく廉君が出かける準備を手伝ってあげている。
 「お昼になったら帰って来るんだよ? 一緒にご飯を食べようね」
 「は、い、勇人お兄ちゃん」
 「10時のおやつはこっちに入れとくからな。公園の長いすで食べるんだぞ」
 「う、ん! 孝介お兄ちゃん」
 手巾や鼻紙、おやつにおしぼりを詰めた肩がけの紐がついた可愛らしい鞄に入れ、髪の毛を撫でている。
 仲睦まじい兄弟の像だけが視界に入れば良いのだけれども、こちらには可愛くないお兄さんが二人。
 さてどうしたものか、と首を傾げていると。
 「行って、きま、す、元希さん、準太、さん、恭平、さん」
 とたとたと歩み寄ってきてぺこりと可愛らしく頭を下げた。
 きちんと躾をされていた子供なんだなー、あ、でも三年引き離されてたんだっけ、大事にしてあげたい気持ちは分からなくもないなーと。
 頭の隅でぼんやりと思いつつも、顔には笑みが乗り、手は自然とふわふわとした頭に伸びている。
 「いってらっしゃい、気をつけて」
 自分の頭より高い位置にそれがあるのは、榛名に抱えあげられているからで。
 くすぐったそうにしながらも笑顔が浮かんでいるから、まぁ、良いかと。
 



 思ったんだけども。
 「……榛名、高瀬」
 「「静かに!」」
 や、確かに尾行は手助けにはならないだろう。廉君には見えていないわけだし。
 でもね?
 「俺たち悪目立ちしてるって自覚、ある?」
 和さんに渡された地図を見ながらとてとて一生懸命に職人通りに向かっていくひよこ頭。
 の後ろにこそこそとついていく大の大人が三人。
 恥ずかしい。いや、俺一人なら良いんだけどね? 三人ぞろぞろっていうのが、恥ずかしい。
 「あ、もうそろそろ着くね」
 宝石自体がより輝くように様々な加工を施すのが彫工師。
 宝石を腕輪や指輪にはめ込んだり、宝石を扱って何か違うものを作るのが細工師。
 主にこの二種類の職人が軒を連ねる職人通りは俺たち十二席に最も縁がある
 「香具山さんのとこに顔出しておくかな」
 保護者二人はさておいて、世話になっている彫工師の工房に顔を出しておこうと俺は思った。
 正直、この二人の尻拭いをするのも面倒だし、そこはかとなく生温い視線で見られるのにも飽きた。
 声をかけたつもりだったけれども、今の二人には聞こえていないだろう。
 まぁ、聞こえていたところで反応が返ってくるとも思えないのだけれど。
 「じゃあ、くれぐれも廉君の邪魔はしないように」
 

 ここで目を離したつけが俺ではなく。
 他の十二席に回るとは、思っていなかった。