女神は微睡む 幕間5 天気は晴れ。風も弱い。 海に囲まれた島で風が弱いっていうのは珍しいけど、髪形が崩れなくて良いなと素直に思う。 久しぶりの休みっていうのも良い。 市場通りでたくさん食材を買い込んで、表通りに面した美味い店で食事をして。 家に帰ってのんびりして、飯を作って久しぶりにぐっすりと眠って。 「……あれ?」 珍しいことは重なるもので、小さい子供が一人でなにやら紙を見ながら歩いている。 おつかいかも、とは思うけど。 神殿の内部で教育を受けている、十二席ではないけれど女神の祝福を受けた子供は基本的に神殿から出ることができない。 凄く有能な職人の一部は女神の祝福を受けて俺たちと同じような寿命を持っているけれど、そうでない職人たちは所帯を持っていたりもする。 その子供が紙を見ながら職人通りを歩くことがあるだろうか、否、島で生まれ育った子供たちが地図を持つ必要がない。 だって自分の庭の地図を持つ子供はいないでしょう。 「もしかして、迷子かな?」 「っ!」 ぽえぽえした淡い色の髪の毛がびくりと震え、俺を仰ぎ見た。 淡い色の色彩。 そういえば似たような色の持ち主がいたけれど、あの子はもうちょっと、こう、活発で。 「そんなにびっくりしなくても取って食ったりしないよ」 にっこり笑って話しかければ、恐る恐る俺の顔色を窺う。 「一人でおつかい?」 「は、い」 「そっかー。どこ行くの?」 屈みこんで視線の高さを合わせ、手元の紙を見れば。 どこかで見たような字が書いてある。 「ここ、に」 「どこのお店って決まってないのかな?」 「は、い」 あー、なんか物凄く昔にこういう経験をした覚えがあるような無いような。 「ちなみにおつかいの内容は?」 「こ、れを」 可愛らしい肩がけの鞄から取り出されたもう一枚の紙に、俺は見覚えがあった。 ってことはこの子はつまり。 「真珠?」 「う、ぉ?」 「そっか見つかったんだ。最初のお仕事中?」 「はい」 ある程度の大きさの石を生み出してそれに装飾を施してもらうこと、が認定儀式に必要な道具を揃えるための仕事。 俺も前にやったよ、うん。 そのときは石の生み出し方なんて分からなくて職人にこつを教えてもらってようやくできたんだよね。 で、石を生み出すことと職人との付き合い方を学ぶっていうのがこの仕事の裏の目的なんだってのも、終わってから分かったけど。 「ちょっと難しそうだねー。お兄さんもお手伝いしようか?」 「え?」 「初めて会った人にはお手伝いしてもらって良いんだよね?」 「は、い」 「じゃあやっぱりお兄さんがお手伝いしてあげる。俺は水谷文貴です。お名前は?」 「三橋、廉です」 「廉君ね。じゃお兄さんと手つなごっか」 びっくりした顔の廉君の手を引いて、俺は顔なじみの職人の店を目指す。 だってさー、この課題この子には難しいんだもん。 俺の石もなかなか加工し辛かったんだけどさー。 今日の予定全部をうっちゃって、新しい仲間になるはずのこの手を取った俺。 この選択は間違ってなかったって、どんなにねちねち同僚に苛められても胸張って言っちゃうよ。