女神は微睡む 幕間6





 目指す店はほんのちょっぴり遠い。大人の俺がそう思うんだからこの子にはもっとそう感じるはず。
 ちょうど通りの真ん中辺りに噴水広場がある。休憩するには最適。
 良いお天気だしね。
 「ちょっと休憩しようか」
 「う、ぇ?」
 「お兄ちゃんが疲れちゃったからさ。付き合ってくれると嬉しいな」
 にっこりと笑いかければ、遠慮がちに小さく頷く。
 弱音を吐かないのはえらいなーと思うけど、限界を超えて無理に動きすぎるのはいただけない。
 なるべくゆっくり歩いて歩幅も短く取ったけど、歩きづらかったと思う。
 「よし、じゃあ冷たい飲み物でも買おうね」
 職人通りと反物屋通りが交叉してるここの噴水広場にはたくさん出店がある。
 人通りの多さと通りの長さから休憩場所として使われることが多いから。
 「文貴、お兄ちゃん、も」
 「うん」
 「このお仕事、したんです、か?」
 一緒に飲んだほうが美味しいからと水蜜桃と桜桃を絞った甘い飲み物を勧めて座った長いすで。
 ありがとうございます、いただきます、をちゃんと言って器に口を付けた廉君は俺を一瞬だけ見てすぐに目を逸らした。
 嫌われてるとかそういうんじゃなくて、じーっと見るのも見られるのも苦手みたい。
 「結構前にやったよ。あ、それ10時のおやつ?」
 「は、い。あ、えっと」
 「お兄さんは気にしないで良いからね」
 ああでも口に付いてる食べかすは気にさせるようにした方が良いのかな、なんて。
 柄にもなく保護者気分になる。
 ももももも、と不思議な音を立てながら口いっぱいにお菓子を頬張る仕草は本当に子供。
 あの二人も食べてるときは静かで、やっぱり子供なんだよなーと思う。
 のほほーんとしていたら、何となくちくちく刺さる感じが首筋の辺りにしたけど、まあ、気のせい気のせい。
 「ごちそうさま、でし、た!」
 空になった器を近くの出店の主人に渡して、また手を繋いで店を目指した。




 「ついにお前も保父か。めでたいな、水谷」
 「保父さんじゃなくてお兄ちゃん! ねー」
 「? は、い」
 「首傾げてんじゃねえか。で? 今日は何の用だよ。茶は出ないぞ」
 「やだなー、俺だっていつもいつもお仕事さぼってるわけじゃないよ。んでもって用があるのは俺じゃなくてこの子」
 職人通りの海側近く、一本奥まった横道にこの店はある。
 商売する気がないのが見え見えだけど、女神の祝福を授かる程度の腕前の持ち主のこの友人。
 「阿部、仕事だよ」
 小さな肩をそっと押して俺の前に立たせる。
 「何の冗談だ?」
 「冗談なんかじゃないって。ね、廉君」
 俺と阿部の間で困ってしまった廉君は、俺を見上げて次に阿部を見上げた。
 決して愛想が良いとは言えない阿部の顔が不機嫌そうに歪められる。
 「この子供がどうしたんだよ」
 「俺が連れてきたんだよ?」
 「悪いが俺は細工師のつもりなんだけどな?」
 「うん。それは知ってる」
 十二席が最初に協力してもらう職人は彫工師と相場が決まっている。
 だってほとんどの宝石は彫ったり削るのが向いている。硬いから。
 でも中にはそういうのが向かない宝石がある。
 「俺もそうだけどさーあ、この子もなんだよね」
 「……おい」
 俺から視線を外して阿部が廉君を見る。
 びくっと震えてきょろきょろし始める。うん、怖いよね、睨まれたらね。
 「石は?」
 「い、し?」
 「見てやらないこともないから、作れ」
 「つく、る?」
 あ、ちょっと人選間違えたかもと思ったけれども、生憎知り合いの細工師は阿部しかいない。
 彫工師だったらいたんだけど、多分、やんわりとお断りされてこの子が傷付くかなと思ったから。
 「ちょい待ち阿部、この子は神殿出身じゃないんだ」
 「は?」
 「外から、それもつい二三日前に来たばっかりなんだってば」
 だから、石を生むというそのことを学んだ子でもないし、もしかしたら見てないかもしれない。
 「石を生まない奴の石をどうやって細工しろってんだ」
 「それを教えてあげんのが阿部のお仕事でしょうが!」
 「俺は彫工師じゃねぇ!」
 「そんでも女神の祝福を受けた職人だろ!!」
 「「っ」」
 滅多に無く怒鳴ったら驚いたのは阿部だけじゃなくて。
 廉君も凍り付いてしまった。
 見る見るうちに目が見開かれていって、小さくて細い肩が震える。
 どうしたの、と。
 声をかけるよりさきに。
 「レン!」
 飛び込んできた声とその主に、俺は絶句した。




 だって絶句するしかないでしょう。
 いっちばんこの場に似つかわしくないはずの人が血相変えて飛び込んできちゃったんだから。