女神は微睡む 幕間7 ここって、店だけども工房で。 いやつまり誰でも入れるけど、細工物を扱っているわけだから当然扉というものが存在して。 開いた音がしたんだか蹴破られたんだか、振り返るのが面倒っていうか、ここで振り返ろうものなら阿部に恨まれそうだから。 止めて、おくんだけどね? 「……あんた」 廉君をぎゅーっとしているのは、同僚というか先輩の榛名さんで。 阿部が、この人の姿をそうと認めた瞬間に、どんな言葉にしたら良いのか分からないくらい凄い形相に、なった。 ……うわー、そういえば仲が良くないって言ってたなー。あれだもん、金剛石っていうだけで駄目だもん。 「おい榛名抜け駆けすんなって!」 すたすたとやっぱり何の躊躇いもなく踏み込んできたのも、同僚というか先輩の高瀬さんで。 別に仲が良いとか悪いとかそういうんじゃなくて、あんまり関わらない人だ。 だって神殿生え抜きの人だから。流れ者じゃなくて。 「何しに来たんですかあんた」 止まった思考を動かしたのは、刺々しいを軽く飛び越えて剣山大安売りの阿部の声。 そんな阿部の天敵もとい榛名さんはぎゅうぎゅうと廉君を抱きしめて聞く耳持たず。 ええ、俺完全に無視されてますね。 んでも帰っちゃうわけに行かないしね。ここに連れてきたのは俺だし、阿部と廉君を引き合わせちゃったのも俺だしね。 ま、廉君と榛名さんが繋がってるなんて思いも寄らなかったけど。 「こいつ泣かせたのお前?」 泣かせたって、と。 声にならない呟きを拾ってくれたのは榛名さんが抱えて連れて帰ろうとしている廉君で。 これまた声にならない声で違うと主張するものの。 「俺が泣かせたらどうだって言うんです?」 「連れて帰る」 きっぱりと言い切った榛名さんは廉君を高瀬さんに預けようとする。 「あんた自分が今何をしてるか分かってんですか?」 手が、止まった。 「はぁ?」 もうそろそろ口出しても良いかな。 「認定儀式の基本。旧知の者の助力は乞うてはならない、ですよ榛名さん」 「あれ? お前蛋白石の……なんだっけ?」 ……口出すの止めようかな。 「水谷です。じゃ無くて、今は認定儀式の準備の途中です。十二席候補者と職人の交渉への干渉は認めない」 「このちびがあんたにとってどんな存在だか俺は知りたくもないしどうでも良いんですけどね」 「阿部、話をまぜっかえさないでよ。……榛名さん、たとえ何があろうと女神は例外を認めない。女神の愛し子だろうと同じことです」 榛名さんに抱え上げられて宙ぶらりんのままの廉君に手を伸ばす。 あー、俺こういう柄じゃないんだけど。仕方ないよね。 これ、廉君のためでも榛名さんのためでもあるでしょう? 「廉君、この職人、阿部なら君の仕事の手伝いをしてくれる。口は悪いけど、技術は確かだし、ちゃんと石を愛してくれる人だよ」 「水谷、てめえ」 ぐるるると唸る榛名さんの目は据わっていて、本気で怖い。 この人は物凄く廉君を大事にしてる。どうしてそうなのかは分からないけど、言い切れる。 でも、大事にするだけじゃ駄目なことはたくさんあって。 大事にしたことが裏目に出ることもたくさんあって。 今のこれは、廉君には良くないことだ。 だから、俺は。 「ここは、引いて下さい」 俺と榛名さんと高瀬さんの間で困った顔の廉君を抱き寄せて、その目を見た。 「ええと、ね」 この子はまだ誰も選んでない。 何も選んでいない。 俺が今からすることは押し付けになるかも知れない。 規則の穴をかいくぐるようなもの、だって自覚がある。 もっと奥を覗き込もうとしたら、睫毛で閉ざされて。 ゆるりと首が後ろを、つまり榛名さんと高瀬さんを見た。 「僕に、でき、ます、か?」 「できるできないじゃなくてやらなくちゃならないことではあるんじゃない?」 「お父さんと、お母さんに、会えますか?」 「その一歩目」 榛名さんは黙ったまま。高瀬さんが声に答える。 振り返った顔は、もう困ってなかった。 そっと床に足を着かせて、手を放す。 「お願い、します」 ぺこりと下げられたふわふわの頭に生み出した石を輝かせる手のひらがのせられた。 「レン、おかえり! 飯にしようぜ」 「た、だいま!」 昼時には帰って来いと言われた、ということで。 阿部との仕事は食後ということになり。 帰ってきた職場というか。 「おや水谷さん本日は休暇だって聞いてますけど」 「誰かとは違った意味で職場に寄り付かないって評判の水谷さんがお休みの日に何の用事ですか?」 「ぐ、偶然かなー?」 「「一緒に飯食おうか」」 「はいぃ」 針のむしろというかなんというか。 榛名さんはとっくに廉君を連れて食堂の方に向かっていった。 勿論高瀬さんも一緒で、いつの間にか河合さんとちびっ子二人も消えている。 …………もしかしなくても絶体絶命だ。 「詳しく話を聞かせてもらおうか」 断れる人間がいるんだったらお目にかかってみたいところだった。