女神は微睡む 真珠認定儀式編2






 「元希さん、は、いいこ、です ねー」
 「おー」
 鬼じゃねえのかって恨み節の一つも歌いたくなるほど、仕事は溜まっていた。
 終わるまで詰め所を出さないっていつになく語調が強い河合の旦那に気圧されて。
 最後の書類に署名をしたのが、夕飯時。
 遅くなって悪かった、とレンを迎えに行って。
 帰ってきたのがちょっと前。
 飯食って二人で湯浴みをして、出てきたのが、今。
 レンの折れちまいそうなくらい細い腰に腕を巻きつけて、小さい手に撫でられて。
 至極俺は機嫌が良い。
 「お前もすっげぇ良い子。あんま無理するんじゃねえぞ」
 「は、い!」
 お返しに頭を撫で返してやると、至極嬉しそうに笑う。
 あーもー、こーいう顔たくさんさせてやりたい!
 「元希、さん?」
 大きな布で髪の毛をわしわし乾かして、そのままばたりと寝台に横になる。
 「早くお前を本当の真珠にさせてやりてぇけど、焦ったって仕方ねえからな」
 ほわほわと洗いたての髪を手櫛で梳いてぎゅうと抱きしめる。
 愛しい子供。託された子供。
 この体温が無いと眠れないだなんて、以前の俺では考えられなかった。
 夜毎鬱憤を晴らすために花街に繰り出して。
 不摂生では俺の遥か上をいっているはずの島崎の旦那にまで説教を垂れられた。
 女と酒。
 溺れていれば、記憶は途中で途切れて朝を迎えることができた。
 けれど今は。
 「たくさん、たくさん、頑張り、ます」
 きらきらと輝く両目で見上げるこの子供の双眸が何より眩しい。
 「できる限りのたくさんで良いんだからな。できるか?」
 「う、あ」
 「疲れすぎて一緒に風呂に入れないんじゃ俺が寂しいから、な?」
 「は、い」
 笑う子供が誰より愛しい。
 「じゃあ、明日に備えて寝るぞ。おやすみ、レン」
 「おやすみ、なさい」
 吐息が寝息に変わるまではほんの数秒。
 寝息を聞いた俺が安堵の息を漏らして、それが寝息に変わるまでも、ほんの、数秒。



 「れーん、迎えに来たぞー」
 「! 元希、さん!」
 レンを迎えに来るようになって早七日。
 二人が作業している間によく顔を出すらしい第六席ども曰く
 「よく泣くけれど涙で出て行っただけ吸収している」
 らしい。
 毎日目の端が赤いのはそのせいだったらしいが、毎日菓子の匂いをさせてるのもそのせいらしい。
 泣き止んだらご褒美の甘いお菓子ってのがこいつのやり方だそうだ。
 「あー、本当に榛名迎えに来てんだな!」
 「だろ? 和さんは嘘つかないんだから!」
 てとてとと駆け寄ってきたレンを抱え上げるとその足元に小猿、じゃなくて田島と利央。
 「お前ら何してんだ?」
 「言いたいことがあるからって待ってやがったんですよ、ここで」
 不機嫌そのもののタカヤの眉間には深いしわ。あー、賑やかだからな、こいつら。
 てか、待ってた? 誰を、何を?
 「そうそう! じゅーだいほーこく。な、利央!」
 「おう! まだ早いから詰め所、詰め所!」
 考える間もなく二人が足元にまとわり付いてくる。
 なんだってんだ、一体。
 「榛名、詰め所に戻ってよ!」
 「廉も一緒に連れてきてよ!」
 ぴょこぴょこ跳ねられたら、無視するわけにもいかない。
 軋む床にタカヤのしわがどんどん深くなってく。怒鳴ったらレンが泣き出しそうだからな。
 「わーった。行ってやっから落ち着け。じゃな、タカヤ」
 「そいつら連れてとっとと出てってくれ」
 言われなくても。



 「しのーかー」
 「田島、しのーかって何?」
 「しのーかはしのーかだろ?」
 「こ、困ります紅玉殿、珊瑚殿!」
 「いーじゃん別に。おっちゃんに迷惑かかんねーもん。な、利央」
 「おう。珊瑚と紅玉のおーぼーって言っときゃいーじゃん」
 「し、しかし! ……ああ、もう」
 「でもさぁ、いつ、奥宮に裏通路にあんの見つけたんだ?」
 「へっへっへー」
 「いーけどさぁ、べつにぃ。……た、じま?」
 「しのーかー!」
 「あれ、田島君と利央君。こんなところまで来ちゃったの?」
 「おう! あのさー、女神いる?」
 「ちょ、田島! 女神って!!」
 「女神様にご用事なら私が聞くよ?」
 「んー、じかだんぱんすんだ! だから女神じゃねえと困る!」
 「……分かった。ちょっと待っててね」
 「…………田島さぁ」
 「ん?」
 「今の、あのお姉さん、さぁ」
 「しのーかに頼めばすぐだぜ」
 「……ならいっか」