女神は微睡む 真珠認定儀式編3







 さっきまでぴょこぴょこと騒いでいたのが嘘のように小猿たちはしょげている。
 田島は花井にしがみ付いてわんわんと泣いているし、利央は同じように高瀬に泣きついている。
 なんせいつも泣きつくはずの河合の旦那に珍しく本気で怒られたから。
 ……まぁ、理不尽な怒りじゃないし、十二席の長も任されてる旦那が怒らなければならないようなことをしでかしたし。
 「女神に直談判だなんて、お前らなんてことしたんだよ」
 自分が怒られたでもないのに、旦那の怒気に泣き出したレンは泣き疲れて寝ている。
 花井と高瀬の比じゃないが、肩の辺りに涙の染みができた。
 あいつらは足に涙と鼻水の染みができている。
 「「だって、一緒が、良かった!」」
 「一緒って」
 「「ずっと、一緒が、良い!」」
 うわーんうわーんと泣き声の大合唱が始まる。普段から煩いがもうこうなると手の付けようが無い。
 唯一泣き止ませるのが上手な旦那がこの場所にいない。
 となるとレンみたいに泣き疲れて眠るのを待つだけになる。
 「なぁ、ずっと一緒ってどういうことだ?」
 さすがに立ったまま抱えてるのは辛くなってきたんで腰掛けて。
 ゆったりと構えている秋丸に問いかけてみる。
 なんとなくこいつは小猿たちが何をしたかったのかが分かっていそうだ。
 「一緒に暮らしたかったんじゃないかな。まだまだ子供だし、十二席の仕事がない分独りの時間も多いからね」
 「それがあいつらが言ってる一緒、か?」
 「多分ね。廉君が羨ましくなったんじゃないかな」
 「……は?」
 「阿部君のところに習い事に行っているとき以外はずっと榛名がいるだろ。それがずっと、なんだろうね」
 小猿どもの、子供たちの主張は分からなくはない。
 俺に分からなくないってことは、多分、河合の旦那は丸分かりだと思う。
 「和さんも田島君と利央君のお願いだったら叶えてあげられたかも知れないけど、紅玉と珊瑚で動いちゃったら」
 「柘榴石としては見過ごせないわ、な」
 「そういうこと」
 ため息一つ、隣を見れば利央が泣き疲れてうとうとし始めていた。
 田島の泣き声につられてびくりと肩を揺らすも、半分以上夢の中、だ。
 「確かに女神に直談判をしたのは良くなかったとは思いますけど」
 「けど?」
 「それを取り消すことができるとも、俺には思えません」
 足元に田島をまとわり付かせたままの花井がため息をつきつつ小さな頭を撫でた。
 「どういうこった?」
 「田島、お前女神になんて言ったんだ?」
 抱え上げて椅子に座らせ、しゃくりあげる背中をさすって、言葉を待つ。
 「皆で一緒にいたいって、そんだけ」
 「で、女神はなんて言った?」
 「十二席が認めれば良いって」
 「皆が?」
 「皆が」
 「……他に何か言ってなかったか?」
 首を傾げて。
 「皆が認めてくれたって証に一つずつ石貰えって。俺と利央が二人で皆を説得できたら叶えてあげるって」
 何で怒られたのか分からない、と。
 小猿はぼろぼろと涙を零す。
 十二席が十二席に自らが生んだ石を手渡すというのが絡んできた、ということは。
 つまり。
 「子供二人に女神が試練を与えたって、そう解釈できるわけだな」
 「俺はそういう風に取りました」
 高瀬の言葉に花井はがっくりと肩を落とし田島をあやすのを再開した。
 十二席が自らのものとするために石のやり取りをすることは滅多にない。旅に出る前の餞別として渡すことはあっても、だ。
 女神に何らかの証として他の十二席から集めた石を捧げるのが石のやり取りの主な目的。
 石を集めろ、と言われたことは即ちそれは言われた奴が女神からの試練を授けられたのと同じことを意味する。
 「取り消せるはずがねぇな」
 どうやらちびっ子どもに揃って試練が与えられたらしい。



 「? これ全部大きさが違うんじゃねえか?」
 「そうですよ。当たり前でしょう、その訓練をしてるんですから」
 ちびっ子たちの目的を果たすためには何をおいても十二席が揃うこと、これが優先される。
 つまりレンが十二席として他の十二席に認められるのが先決ってことだ。
 「どういうこった?」
 タカヤが数字を口にする。それを聞いたレンは目を閉じて。
 開いたてのひらの中には、生み出された真珠が。
 「俺が言ってるのは数じゃなくて大きさ。数字と同じ大きさに作る訓練ですよ」
 「そんなことできんのか?」
 「見れば分かるでしょ? 邪魔なんで席外すなり自分の仕事をするなりしてくれませんか」
 膝の上のレンのてのひらでそんな繊細な作業がされてると思うとじーっと覗き込みたくなるわけで。
 てか、並べると明らかだけどばらばらになっていたら見分けが付かない、そんな差異を。
 生み出せるほどの制御能力の持ち主だってことか。
 「なあ、形も違うのが作れるのか?」
 「涙」
 端的な言葉に、一つ素直に頷いて。
 てのひらに載っているのは言われたとおりに涙型の真珠。
 「色は?」
 「……黒、真円、八」
 タカヤの呆れた声にも頷き返して。
 小さく、短く紡がれた歌の後。
 「すっげぇなあ、レン」
 「まだ、まだ、全然、です」
 「えー、どこが」
 指先で摘み上げたそれは見事に注文どおり。
 頭をわしゃわしゃとかき混ぜて褒めてやっても、レンの顔は晴れない。
 「速さと体力ですよ。まあ、子供なんでこれから伸ばしていきゃ良いんですけどね」
 「焦ってもなあ……ああ、急いでるのか、お前」
 小さく、一つ縦に振られた首。
 きゅうと握りしめられた小さな手は片手で包み込める。
 一緒が良い、と。
 その声を、願いを実現するためには何が必要なのか。
 「真珠、に」
 自分のためじゃなく、その責を負うことを望めるのなら。
 もう、十分に。
 「タカヤ、こいつの台座はできてんだろ? 出せよ」
 「……なんであんたに言われなきゃならないんですか」
 「俺じゃねえ、こいつが望んでる。レン、お前の望みは?」
 飴色の大きな目が驚いたように俺を見上げて、ばちりと瞬いた。
 ゆっくり、控えめに持ち上がる唇の端。
 頷き返してやれば、しっかりとタカヤに向き直る。
 ひやりと冷えている手を包み込んで、それが紡がれるのを待つ。
 「真珠に、なりたいです」
 


 繊細な銀細工が施され、十八の真珠と一つの金剛石がはめ込まれた二重の環が。
 レンの腕を飾った。