女神は微睡む 真珠認定儀式編4 レンの腕を飾る二重の環には金剛石と紅玉と珊瑚と十六の真珠。 腕に通してから二日。 どろどろに過保護な泉と栄口、つまり金緑石と月長石の石も。 水谷の蛋白石も、高瀬の翠玉も秋丸の翡翠も。 花井の電気石も、勿論河合の旦那の柘榴石も環を彩ってはいない。 つまり。 「あー、がっかりするなよ」 「は、い」 「一日一個しか集まらなくて当たり前なんだからな」 他の面子から課せられた課題をこなさなければ石を交換してもらえない。 まあ、当たり前といえば当たり前だが、第六席の二人まで課題を出すとは思わなかった。 出された課題の多くは簡単っちゃ簡単だが一日がかり。 良く知りもしない相手に石を渡すことができない、というのが奴らの建前だが一日もレンを独り占めする必要は無い。 ……ほぼきっちり一日かかるだろうくらいの仕事を俺に押し付ける必要も無い、はずだ。 「元希さん、も?」 「あー、俺も結構かかったな。お前と課題がちょっと違ったけど」 「どん、な?」 きらきらしている目に見上げられる気分ってのは悪くは無いがこそばゆい。 けれど、肩まで布団を引き上げて枕の上のふわふわした頭を撫でながらの寝物語には、慣れてきてしまった気がしないでもない。 「俺は話をするとか一緒に何かを見に行くんじゃなくて、手っ取り早く試合だったな」 俺の場合はどうにも順序とかそういうのを吹っ飛ばした節があって。 武器を先にもらった。一月以内に石を集めるための道具として。 何代か前にいたらしいが、そんな手段で十二席として認められる人間はそうそういないらしく。 かーなーりー熱烈な歓迎を受けた覚えがある。 「大変、でした、か?」 「そんなでもなかったけど、二人だけ厄介なのがいたな」 「今、も」 脳裏を過ぎるのは今も十分苦手の部類に属する奴ら。 奴らなんてのを耳にしたらまた『遊んで』くれるに違いない。 「ぴんぴんしてっからな。変な課題は出さないとは思うけど」 「頑張り、ます」 「ああ」 うとうとと舟を漕ぎ始めたと思ったらすぐに夢の中。 明日は高瀬の野郎が逢引ごっこだなどと抜かしてた気がする。 それがレンの何を認めることに繋がるんだか分かんねえが、十二席として同僚に認めてもらうには。 その十二席が与えた課題に応える義務がある。 応えた暁に齎される証が、石。 課題を与える与えないは十二席の自由だ。現に田島と利央は課題と呼べるようなものを与えてはいない。 ただ、レンが真珠になること、それがなされなければ女神から与えられた課題を二人がこなすことができない。 まあ、利害関係なんて言葉を知らなければ意図してそうしているでもないだろうが。 「……河合の旦那、レン、今日は高瀬と一緒にいるんだよな?」 「の、はずだったんだが……やられたな」 「やられたな、じゃねえだろ。おい高瀬!」 「寝坊も遅刻もして無いんだぜ? てかなんで待ち合わせ場所があの人にばれてるんですか、和さん」 「慎吾はなあ、鼻が利くからなあ」 つまりは、こうだ。 逢引ごっこがしたかった高瀬はレンと広場の公園の噴水の長いすで待ち合わせをした。 三十分前。 一人で大丈夫だというので、俺は泣く泣く職場へ向かった。 四十分前。 この空白の十分の間に、置手紙の主、島崎の旦那がレンを掻っ攫って行った。 約束の長いすにはご丁寧に『準太へ』と題した手紙が置かれていた辺り、咄嗟の行動ではなく。 俺たちの予定を把握していたことになる。 ここ数日全くお目にかかってないのに関わらず、だ。 「まあ、順番が入れ替わっただけだと思えば良いんじゃないか?」 「良くないです! どうするんですか花街にでも連れて行かれてたりしたら!」 「うわそれ冗談きついぞ高瀬! 今すぐ探しに行かねえと!」 「出かけるのは仕事を終わらせてからにしてくれよ?」 慎吾だってあの子と一緒にいたらそんな気は失せるから安心しろ、と。 俺たちを慰めてるんだか島崎の旦那を貶してるんだか良く分からない。 が妙に納得できる河合の旦那の言葉に俺たちは目の前の書類の山を切り崩し始めた。 のも束の間。 「おはようございまーす。ってあれ、今日って高瀬さんが廉君とお出かけの日じゃありませんでしたっけ?」 「おはよう、水谷。廉がどうかしたか?」 「いや、朝から島崎さん見かけたから今日は雨かなーと思ってはあ、とため息をついたらその脇に廉君がいまして」 「ああ、ちょっとした行き違いというか、まあ、事故があってな」 「ですよねー。まさか朝っぱらから子供連れて花街に行くはずが無いですよね。うん、やっぱみま」 書類の山を放置して、俺と高瀬は職場を飛び出した。 「……俺、何かしました?」 「いや、お前に二人分の書類が降って湧いただけのことだろうな」 「うえええええー!?」 目指すは、花街! 「きゃあー、可愛い子連れてるじゃないの!」 「大声出さないの! 怯えちゃってるじゃない!」 「そりゃあんたが怖い顔してるからでしょ」 「子犬みたいに震えちゃってまあ。島崎の旦那、どこから攫ってきたのよ」 「攫ってきただなんて、人聞きが悪いこと言うなって。なあ、廉」 「廉ちゃんっていうの? あ、ちょっと待ってて。今飲み物とお菓子持ってきてあげるから」 「し、慎吾、さん」 「取って食われりゃしないから大人しくしとけ。ああ、もしかして怖いか?」 「しっつれーしちゃうわねえ!」 「怖く、は、ない、ですけど」 「けど? あーほら化粧臭い顔寄せるなよ。臭いが移ったら保護者になんていわれるか分かんねえ」 「きれい、で、びっくり、しました」 「「可愛いー!」」 「……失敗だったか、場所の選択」